「淑気」とは冬の季語で、正月のめでたく厳かな気配のことをあらわす。
磨き上げた部屋で食事をしたり、人少なで静謐な街を初詣に歩いたり。「淑気」あふれる場面には、バロック音楽がよく似合う。バロックの華やかで、どことなく晴朗な空気感が、すがすがしさとマッチするのかもしれない。
早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。今年も1月、新年を飾るレコメンダーを務めさせていただいた。「バロックの淑気」をテーマに、とっておきの3曲をご紹介しよう。
1) シャルパンティエ:テ・デウム 前奏曲(1/2放送分)
元旦といえば、ウィーンから生中継されるニューイヤーコンサート。
クラシック・ファンの歳時記として欠かせない、このウィーン・フィルのコンサート(Das Neujahrskonzert der Wiener Philharmoniker)は、伝統的にヨハン・シュトラウスなどのウィンナ・ワルツで構成されている。しかし、TV中継のオープニングテーマとして流れるのは、このバロックの名作だ。
マルカントワーヌ・シャルパンティエは、フランス・バロックを代表する作曲家の一人。太陽王ルイ14世による絶対王政の時代、パリのシテ島にあるサント・シャペル教会の楽長として、宗教曲をたくさん書いた。
「テ・デウム」は「賛歌」の一種。第2曲の最初に「Te deumu laudamus(私たちの神であるあなたを讃えます)」とあることからこの名で呼ばれている。黄金のホールいっぱいの花々とワルツ、そして輝かしいファンファーレは、私にとっての「淑気」の象徴だ。
2) テレマン:ターフェルムジーク 第1番より「パスピエ」(1/3放送分)
昨年10月、番組で「アニメの中のクラシック音楽」をご紹介したところ、再びたくさんの反響をいただいた。
その後、またしても『SPY×FAMILY』──しかも早見さんが活躍する船上パーティーのシーン!──でバロック音楽が使用され、センスある選曲に唸ってしまった。その曲こそ、この「パスピエ」である。
ゲオルグ・フィリップ・テレマンは、バッハと同時代のドイツで活躍し、絶大な人気を誇った作曲家。ロンドンに渡ったヘンデルとは学生時代からの友人で、英国やフランスでも人気のヒットメイカーだった。
その代表作がターフェルムジーク。ドイツ語で「食卓の音楽」。今でこそBGMっぽく聞こえるタイトルだが、こうした実用音楽は、当時の王や貴族たちにとっては外交に欠かせない小道具であり、音楽家にとっては重要なショーケースである。やり手だったテレマンは、わかりやすいタイトルをつけたこの組曲の中にさまざまなジャンルをつめ込み、「音楽の見本帳」にしたのだという。
「パスピエ」は、第1番(フランス風序曲)の第5楽章。アニメに登場したゆっくりめの演奏と動画、ぜひ聴き比べてみてほしい。
3) ヴィヴァルディ:「四季」より 冬 第2楽章(1/4放送分)
最後はおなじみの名曲を。イタリアの作曲家、アントニオ・ヴィヴァルディが、独奏ヴァイオリンを中心とした弦楽アンサンブルのために作った「和声と創意の試み」の中の1曲だ。春夏秋冬の4曲で「四季」。どの季節にも甲乙つけがたい魅力がある。
この「冬」の第2楽章には、
外には大雪が降っている。家の中、暖炉で満足そうに休息している。平和な時が流れていく……
という物語(ソネット)が添えられている。昨年末の収録で、お正月のひとときが穏やかなものであればいいなと願い、選んだ曲だった。
ところが、オンエア直前の1月1日、能登半島地震が発生した。
私が暮らす新潟も大きく揺れ、楽しみにしていたニューイヤーコンサートのTV中継は中止になった。インターネットを介して、オーストリアのラジオ局から流れてきたワルツに、どんなに慰められたことだろう。
夜が明けて、山際の美しい朝焼けを眺めながら、私たちの声と音楽も、被災地に届きますようにと願った。誰か一人でもいいから、孤独な人の心を救えたらいい。
冬の先にはかならず、春の匂いが漂い始める。音楽がこれからも、誰かの支えになりますように。
クラシック・プレイリスト、次回の担当分は2月20 日よりオンエア。テーマは「パリの思い出」です。毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoタイムフリーでもお聴きいただけます。