この秋、早見沙織さんの全国ツアーファイナル公演にご招待いただいた。
すべてが素晴らしかったが、とくに哀切だった〈祝福〉の中で、ふいに流れたバッハには涙が止まらなくなった。主よ、人の望みの歓びを。そのワンフレーズだけで、楽曲の主人公の絶望と、そこに差し込む祈りのような光が目に浮かぶ。これこそが、音楽の魔法である。
子どもの頃から、「映画やアニメ、マンガに登場する音楽」に関心を抱き続けてきた。あるシーンに誰もが知るクラシック音楽が登場する場合、その音楽は多くの場合、登場するキャラクターたちの心理や関係性を暗喩しているからだ。
実写なら音が入り込むこともあるが、アニメは何もないところに、描きたいもの・聴かせたいものを創り出すアートだ。省略しようと思えばできるからこそ、存在する音楽は深い意味を持つ。クリエイターたちにインタビューすると、「そうなんです!」と共感してくださる方も多い。2年前、番組で同じテーマを取り上げたときも早見さんの賛同が嬉しかった。
アニメの中に登場するクラシック音楽の魔法、CLASSICAL MAGIC。 たくさんのリクエストへの感謝とともに、第2弾をお届けしたい。
1)パガニーニ:24のカプリース 第24番(10/24放送分)
「悪魔」と呼ばれた天才ヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニ。ヨーロッパ中に名を轟かせ、女性とのスキャンダルも絶えなかった彼の代名詞ともいえる1曲だ。
カプリースとは、イタリア語の「カプリッチョ(気まぐれ)」が語源のフランス語。形式にとらわれず、作曲家の思うままに紡がれたこの作品は、ヴァイオリニストがソロで演奏する無伴奏曲だ。強烈な技巧に彩られたクールなメロディは、一度聴いたら忘れられない。
この曲が登場したのは、NHKで放送されたアニメ『青のオーケストラ』。主人公・青野一の父である天才ヴァイオリニスト・青野龍仁のライトモティーフである。
龍仁はパガニーニを地でいくような天才で、世間的にもスターだった。ところがある女性と不倫の恋に落ち、家を出てしまう。スキャンダルに巻き込まれた15歳の一は、大好きだった父を憎み、その象徴であるヴァイオリンが弾けなくなっている。
物語冒頭、同級生の音と出会い立ち直った一は、高校オーケストラの強豪校で音楽家として成長していく。心洗われる青春ストーリーと、昭和の音楽マンガを思わせる「血の因縁」のハイブリットが魅力の作品だ。ふいに鳴り響くパガニーニは、青空に兆す暗雲のように不穏で印象的だった。
「偉大なる父」という、乗り越えなければならない壁。パガニーニのカプリースもまた、フランツ・リストやセルゲイ・ラフマニノフといった後進に大きな刺激とトラウマをもたらしたはずだ。巧みな選曲が機能した、CLASSICAL MAGICの好例である。
2)フォスター:ビューティフル・ドリーマー(10/25放送分)
「夢路より」という名訳でも知られるこの曲は、アメリカの作曲家スティーブン・フォスターの遺作。37歳の若さでこの世を去った彼は、その死の数日前にこの曲を書き遺したと伝えられている。日本の学校でも愛唱されてきた曲だ。
この曲が登場したのは、放送中のアニメ『呪術廻戦』。主人公たちの師匠・五条悟と、その親友でのちに袂を分かつ夏油傑の青春を描いた第26話である。
『呪術廻戦』は、人間の負の感情から生まれる呪霊と、呪術師たちの闘いを描いたダークファンタジー。第26話では、任務のためミッション系の女子校に潜入した夏油が呪詛師の老爺に遭遇し、走馬灯を見せることで勝利した。
走馬灯の中、かつての愛犬を抱きしめる老爺。遠く聞こえるオルガンと、女生徒たちの合唱。「夢見る人よ、目覚めなさい」。老爺は敵の術中と気づくも、時すでに遅し。バトルシーンいっぱいに美しい合唱が響きわたる──。このシーン、原作には楽曲の指定がなかったので、オンエア時にはあまりのフィット感に唸ってしまった。そして今回、楽曲について調べる中で、晩年のフォスターが孤独と貧困の中にいたことを知り、ゾクリとしてしまった。
夢見る人よ 私のために目覚めておくれ
粗暴な俗世の喧騒は月に優しく照らされ すべては過ぎ去った
美しいメロディに、苦しい現実から逃れようともがくフォスターの姿が重なる。同時に、人間の負の感情を呑みこみ続け、やがて闇に堕ちていく夏油というキャラクターの歌に聞こえてこないだろうか。
このメインヴィジュアルが切ない。
3)モーツァルト:歌劇『魔笛』序曲(10/26放送分)
『魔笛』は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した生涯最後のオペラだ。
貴族でなく市民を対象とした歌芝居(ジングシュピール)なので、物語はシンプル。森の中に迷いこんだ王子が姫の肖像画にひと目惚れ、友情と「魔法のフルート」の力で試練に打ち克ち、姫と結ばれる。名アリアの曲間にコメディのようなセリフが挟まるので、子どもたちにもわかりやすい。
そんな『魔笛』の序曲が登場したのは、ご存知『SPY×FAMILY』。第19話Bパートの「母、風になる」である。
『SPY×FAMILY』はスパイの男、殺し屋の女、超能力者の少女が素顔を隠して仮そめの家族となり、「普通の家族」を演じるため奮闘するホームコメディ。早見さんが「母」こと、殺し屋「いばら姫」こと、市役所職員ヨル・フォージャーを演じている。第19話ではその「母」が、名門学園に通う「娘」アーニャに忘れ物を届けるのだが、その道中はまるでスーパーマンである。
スーパーアクションのバックには、劇伴を手がけるNoW_NAMEの〈Breeze〉という楽曲が鳴り響くのだが、その直前「マンションの窓辺から花の鉢を落とすおばあさん」が聴いているのが、この『魔笛』序曲なのだ。
『魔笛』序曲が、あたかもアクションへの序曲のように機能しているのが心憎い。
なぜ『魔笛』だったのか。家族向けの名曲であること、〈Breeze〉とタイム感が合っていることなどが理由かもしれないが、「『魔笛』といえば夜の女王のアリア、つまりパミーナ姫の「母」のアリアが有名だからでは⁉」とひそかにニヤニヤしている。深読み考察は、いつだって楽しいものだ。
最近の放送では、テレマンのターフェルムジークも登場したので、近いうちにまた番組でご紹介したい。
クラシック・プレイリスト、次の担当回は12月に放送予定。毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でオンエア。radikoタイムフリーでもお聴きいただけます。