Memories & Discoveries 23/08「エリザベート1878」

早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。8月は「エリザベート1878」と題し、公開されたばかりの同名映画と、そこからインスパイアされた音楽について語り合った。

ハプスブルク帝国が最後の輝きを放った19世紀末、「シシィ」の愛称で親しまれ、ヨーロッパ宮廷一の美貌と謳われた皇妃エリザベート。日本でも人気ミュージカルの主人公として親しまれている彼女は、なぜ流浪の旅を続けたのだろう。

私はずっと、それが疑問だった。父の生き方に憧れ、「私だけに」と力強く宣言した若き日の彼女と、重なるようで重ならない。

その謎に一筋の光を与えてくれたのが、映画『エリザベート1878』だった。1877年のクリスマスイヴに40歳の誕生日を迎えたエリザベートの一年間を描くロードムービー。コルセットをきつく締め、世間のイメージを維持するため奮闘を続けていた彼女は、限界を感じ旅に出る。人生に情熱と知性を求めていた彼女は旅を続けながら、「自分」を取り戻そうと闘う。

「若さ」「美しさ」という基準によって存在価値を測られ続けることに、絶望を感じる人は多いだろう。

私自身も40歳になって、「自分」をよく考えるようになった。面映ゆい後悔もあるし恐怖もあるけど、未来はけっして捨てたくない——同世代の主演女優と女性監督の手でリアルに描かれた「人間エリザベート」は、そんな私たちの心にずしんと響き、ラストの解放感で言い知れない救いを与えてくれた。

今回は、映画の中でも印象的だった音楽についてのお話。忘れられない3人の登場人物とともに、エリザベートが生きた時代に迫ってみよう。

1)ハイドン:弦楽四重奏曲第77番「皇帝」 第2楽章(8/29放送分)

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1797年に作曲した弦楽四重奏曲。その第2楽章が、自身が作曲したオーストリア国歌(現・ドイツ国歌)「神よ、皇帝フランツを守り給え」の変奏曲であることから「皇帝」四重奏曲という愛称で親しまれている。

この曲は、映画『エリザベート1878』の序盤でウィーン少年合唱団が歌う、オーストリア国歌にインスパイアされて選んだ(冒頭動画)。エリザベートの夫たる、皇帝フランツ・ヨーゼフの象徴とも言えるだろう。歌を聴きながら、貧血(仮病)でその場を離れる彼女の振る舞いが印象的だ。

エリザベートが嫁いだハプスブルク家は、代々音楽とチョコレートを愛した一族だった。ウィーンが音楽とザッハトルテの街になったのはその影響。ウィーン少年合唱団を組織したのも6代目のマクシミリアン1世で、ハイドン自身や、シューベルトなどの名音楽家が在籍していたのもよく知られている。

ハイドンは晩年の英国ツアーで英国国歌に感銘を受け、この晴れやかなメロディを生み出した。晴れやかさはある立場の人にとって、強烈な苦しみとなる。

2)リスト:子守歌(8/30放送分)

リスト作曲の子守歌(Berceus)は、ショパンの同名曲へのオマージュとして書かれたと言われる曲だ。

リストはハンガリー生まれ。母国は当時、オーストリア=ハンガリー二重帝国の一部だった。小説『F ショパンとリスト』でもちらりと触れたが、1867年、フランツ・ヨーゼフとエリザベートのために「ハンガリー戴冠式ミサ」を捧げた彼は、皇妃に最もゆかりある作曲家の一人だと思っている。

子守歌を選んだのは、映画でも印象的だったエリザベートの息子、皇太子ルドルフにちなんで。彼を主役にしたバレエの名作『うたかたの恋(Mayerling)』の中で踊られる、母子のやるせないパ・ド・ドゥの曲だからだ。

バレエの音楽はすべてリストの楽曲(どちらかといえばマイナーな曲)だが、この複雑な母子にあえて子守歌をあてる皮肉には胸を打たれた。映画でも、二人の間の大きな溝を思い知らされるような場面がある。

リストの旋律はしかし、やるせなくも美しく、あえかな祈りを秘めている。歴史の結果は、懸命に今を生きる人びとには無縁である。

3)ワーグナー作曲、歌劇「トリスタンとイゾルデ」より「イゾルデの愛の死」(7/11放送分)

『トリスタンとイゾルデ』(Tristan und Isolde)は、リヒャルト・ワーグナーが作曲した楽劇だ。騎士トリスタンと、主君マルク王の妃となったイゾルデの悲恋を描く物語。このアリアは、全3幕のオペラの終幕に登場する。

この曲は、映画で最も印象的な登場人物の一人、バイエルン王ルートヴィヒ2世にちなんで選んだ。エリザベートの従兄弟で、おてんばだった彼女を知る心赦せる同志として描かれた彼は、自由への祈りに満ちたトリックスターだ。

夢のようなノイシュバンシュタイン城を建てさせた王は、ワーグナーの熱狂的支持者であり、『トリスタンとイゾルデ』初演のために資金援助したことでも知られている。そのため1970年代の、ルキノ・ヴィスコンティ監督による映画『ルートヴィヒ2世』では、『トリスタン』の有名な前奏曲が要所で使われている(ロミー・シュナイダー演じるシシィも魅力的)。

私ならエリザベートの物語にあえて、終幕の「イゾルデの愛の死」を選びたい。重苦しいオペラの最後に、恋人たちはこの世を去る。しかしイゾルデの歌は悲しみでなく、限りない解放感と自由を与えてくれるからだ。

エリザベートを「死」から解放したいと思う。けれど彼女は言うだろう、「なにが至福なのか、歓びなのかは自分が決める」と。

だから彼女は旅を続けた。イメージなど知ることか。そんな彼女がもっともっと好きになった。

 

 

クラシック・プレイリスト、次回の担当は10 月24日からオンエア。テーマは「CLASSICAL MAGIC 2023」。毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoタイムフリーでもお聴きいただけます。

出演|Memories & Discoveries

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