ある夜、突然秋がやってきた。
永遠に終わらないように思えた夏がふいに消え去り、ふうん、と呟く。物事の終わりって、案外こんなものかもしれない。
気づけば白露の候で、すっかり日も短くなった。人間の感慨など気にも留めず、季節はいつもどおり歩を進めている。その泰然としたあり方に呆れつつ、無謀にも憧れてしまった。
この夏は妙に忙しく、貴重な時間を執筆にあてたくてSNSを控えていたが、そんな理由で恒例の雑記を書きとめることにした。
遠い水平線の彼方に耳を澄ませながら、2023年前半を振り返る。
●TRIP
二拠点生活で旅気分に満たされているせいか、気づけば旅らしい旅をしていない。
新潟移住の目的の一つだった「故郷を知る」シリーズだけは続けていて、この一年も各地を訪れた。故郷とはいえ、たかだか高校生までの行動範囲では知らない土地や歴史だらけ。よく晴れた日、故郷の海岸から見える佐渡の島影——だと思っていたものが、越後平野にそびえる弥彦山と角田山だということも、この夏初めて知った。
角田山のワイナリーCAVE D’OCCIも気になるが、まずは越後一宮と呼ばれる弥彦神社へ(写真)。2400年以上の歴史がある荘厳な社も素晴らしかったが、周囲の杜の静謐と、山の頂上から見渡した日本海の夕陽が忘れられない。
大雪の日、新潟市内で行われた角野隼斗さんのツアー公演をきっかけに、ホテルオークラ新潟も定宿になった。幼い頃「伊勢丹で買い物した後パフェを食べにいった場所」に、あえて宿泊客として訪れる贅沢感がよい。窓からは広大な信濃川と、美しい萬代橋。最上階に泊まったときには、出島のように海に囲まれた街に感動した。
ホテルのある川の左岸は静かで美しく、心地いい書店や整体も見つけた。宿泊するたびに移住したくなる。
- 今後の予定:
町家の屏風まつり、竹灯籠、岩船大祭(村上)、ジェームズ・タレルの光の館(越後妻有)、佐渡島の伝統芸能など
●What’s in my bag?
この夏のヒットといえば、ByURのセラムフィット フルカバー グロークッション(写真中央)。
厚塗りの感覚はないのに一気に垢抜け、艶めきが持続するファンデーション。マスクから解放された初夏、編集者でもある友人Mさんが教えてくれたおかげで、メイクアップの歓びを再認識できた。コンシーラーとハイライトも優秀。
- 香水:ルタンスのFeminite du bois、ディプティックのVENICE(イタリア旅の友・小橋めぐみさんからのおすそ分け)を交互に。
- ヘアケアはオージュアのDIORUM、スキンケアはポーラのB.Aシリーズ。ミルクフォームのひんやり沁みこむ感触は唯一無二で、秋になっても続けてしまいそう。
感触といえば、タオルをTENERITA、シーツをHOTEL LIKE INTERIORのエジプト綿に総入れ替えしたのも画期的だった。
都内のホテルでベッドに足を滑らす時の多幸感を自宅でも、という試み。予想以上の心地よさに、次はマットレスの新調も検討している。候補は定宿と同じシモンズか、前田紀至子さんが教えてくれたシーリー。
●REUNION
この10カ月ほど、ボディーブローのように影響を受け続けた作品がTHE FIRST SLAM DUNK。サントラもヘビロテしている。
劇場に足を運んだのは4回ほどだが、友人たちとの定例会では毎回議題に上がるし、試合の音を生で味わいたくてBリーグ観戦まで果たしてしまった。日本代表のキャプテン富樫選手の地元なので、WCもライビュで応援した。バスケットボール熱が再燃したのは、最も身近なスポーツだったせいもあるけれど、ドリブルとシュートが織りなすリズムが音楽的で心地いいからだと思う。
少女時代は姉妹でJCを集めていたが、そちらは妹の嫁入り道具になってしまったので、新装版を集め直した。30年を経てようやく、宮城リョータが内包する二面性(原作にもしっかり描かれていたクールさと葛藤)が理解できて嬉しい。ジャンプの主人公は絶対に桜木花道でなければならないが、生きることの複雑さを知った心に届くのはリョータだ。
自己肯定感たっぷりでキラキラしたミッチーや流川に夢中だった私は、リョータを愛してきた人々の慧眼に一目置いている。こんな人物を描きたいと、心底思う。
●Next stage
創作の傍ら続けている25ansのカルチャー連載は、まもなく5周年。先頃、6年目の続投も決まった。
次年度は20代の新人編集者さんとタッグを組むことになり、ちょっとだけベテラン作家気分も。「日常をからめた歳時記エッセイを続けてほしい」という現担当の言葉に、大きな手応えを感じている。
この連載では、出会った音楽や本、映画、アートについても記録している。春からは、別媒体で定点観測しているアニメやマンガのログ公開もはじめた。クロニクル思考ゆえ、記録に漏れがあることがずっとストレスだったが、ただ「これ見てるよ/読んでるよ」と声にするだけで誰かに喜んでもらえるとわかって、ものすごく気が楽になった。
夏には映画『エリザベート1878』の布教ばかりしていたため、9月にひさしぶりのオンライン講座をすることになった。楽しくてやめられないインタビューも、10月以降続けて公開される予定だ。
どれも新潟にいながら、「ぜひ高野さんに」と実現していただいたもの。東京を離れたら劇的な孤独を味わうかもしれないと覚悟していたが、変わっていないことのほうが多く、人とのつながりに感謝してばかりいる。
横溝正史の夏でもあったが、先日サン=テグジュペリを読み返していたら、この言葉がひときわ心に沁みわたった。
本当の贅沢というものは、たったひとつしかない。それは人間関係に恵まれることだ。
人生はたった一度きりのものだから、すべてのことは一度しか起こりえず、何かと比べたりすることなど、本当にはできない。
それを知っているからこそ、私たちは誰かの話に耳を傾け、物語を求め、感情を震わせる。
漫画連載が終わり、目下集中している小説も一段落したら、「次の場所」を見つける旅に出るつもりだ。新しい場所は、まぶしいほどの自由とともに、心細さも連れてくるだろう。
その心細さすら、いまは楽しみで仕方がない。いつだってここから一番遠くにある場所に、憧れ続けていたい。
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