声優・早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。
4月は「CLASSICAL MAGIC クラシック×アニメ語り」というテーマで選曲した。
アニメを観ていて、エモーショナルなサウンドトラックに高まった、という経験は多くの方にあるだろう。その音楽が既存の「クラシック」だったとき、そこにはワンフレーズでもBGMを超えた「意味合い」が生まれることがある――そんな、クラシックならではの魔法のようなエピソードをご紹介する連載コラムからタイトルをとっている。
前回、早見さんの思い出のアニメと「愛の夢」のエピソードをご紹介いただいたところ、たくさんの方に「ほかの作品でも聴いてみたい」というリクエストをいただき、ラジオで出張版をやってみようと思いついた次第だ。
クラシックから広がる、アニメの新しい世界を覗いてみよう。
1) ヘンデル:オペラ「セルセ」より オンブラ・マイ・フ(4/6放送分)
ドイツで生まれ、イタリアでオペラを学び、英国でスターとなったヘンデル。数ある彼のオペラの中でも、最も有名なアリアである。
オペラの舞台は紀元前5世紀のペルシャ。ペルシャの若き王セルセがプラタナスの樹の陰で休んでいると、指揮官の娘ロミルダがやってきて、王は彼女にひとめ目惚れする。しかし、じつは彼女は王の弟の恋人だった。この曲はオペラの冒頭、木陰にいるセルセが歌うアリアで、
これ以上にやさしく 心地よく 愛すべき木陰は今までになかった
という歌詞をやさしく繰り返す。今回はこの曲を、「銀河英雄伝説Die Neue These」のクラシカル・マジックとしてとりあげた。
原作は田中芳樹によるSF小説。銀河帝国と自由惑星同盟の戦争が150年続く宇宙が舞台で、帝国軍の若き将ラインハルト・フォン・ローエングラムと、その最大のライバルとなる同盟軍の智将ヤン・ウェンリーが物語の主役となる。
ラインハルト、という名前からもわかる通り、銀河帝国のモデルはかつてのドイツ。副将はジークフリートで戦闘艇がワルキューレ、薔薇の騎士連隊が登場したりと、読書中もワーグナーやリヒャルト・シュトラウスが頭をかすめる。この親和性はアニメの制作陣にとってもヒントになったようで、1980年代から90年代にかけての最初のアニメ化では、なんと東ドイツのクラシックレーベルの音源でサントラを構成。多くのクラシック少年少女を生み出したことが、いまも伝説のごとく語りつがれている。
一方、2018年にスタートした新版アニメの音楽は、橋本しんによるオリジナルサウンドトラック。打ち込みを多用し最先端のアニメーションとのバランスをとっているのだが、ただ一曲、そのままの形で挿入されているクラシックが本日の曲だった。
物語の中でこの曲は、ヤン・ウェンリーとその旧友ジェシカ・エドワーズの出会いの曲として印象的に流れ、その後もジェシカの登場回でリフレインする。ジェシカはヴァイオリンを弾く音楽教師だったから自然ではあるのだが、ある日、オペラ「セルセ」の物語を重ねてはっとした。ジェシカは、戦死したヤンの親友の未亡人で、ひそかな初恋の相手だったからである。
気づいた瞬間、選曲の妙に唸り、あまりにも壮絶なヤンの孤独を思って、喉の奥がきゅっとつまるのを感じた。15歳で両親を喪い、学費のため軍人となり、才能のために英雄として期待され続けるヤン。飄々としているけど、本心は誰にも明かさない彼にとって、同じ目線でともに語り合えた亡き友やジェシカの存在は、どんなに特別だったのだろう。軍師の壮絶な孤独が、クラシックだからこそ深く伝わったのである。
歌唱はチェチーリア・バルトリ。深く穏やかな美声を堪能してほしい。
2) ベートーヴェン:ピアノソナタ「月光」より 第3楽章(4/7放送分)
正式なタイトルは『幻想曲風ソナタ』。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1801年に作曲したピアノソナタである。
よく知られた『月光』というサブタイトルはある評論家のコメントがもとになっていて、第1楽章のたゆたうようなメロディを「スイスのルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と表現したからなのだそう。この第1楽章につづき、軽快な第2楽章、激情ほとばしる第3楽章と、進行するごとにテンポが速くなる序破急の展開が特徴的だ。
最近は「名探偵コナン」の名作「ピアノソナタ月光殺人事件」のリメイクでも話題になったが、今回はこの曲を、冬クールアニメの話題作「SK∞ エスケーエイト」の1曲としてご紹介した。
「SK∞」は、閉鎖された鉱山をスケートボードで滑り降りるルール無用の極秘レース“S”を舞台に、男子高校生の主人公たちと個性豊かなスケーターたちが繰り広げる人間ドラマ。オリジナルサウンドトラックのライナーノーツを担当したのだが、作曲家・高橋諒によるサウンドトラックは「ストリートミュージック」と「ストリングス(弦楽)」の合わせ技。楽器の組み合わせや打ち込みなどのテクニックで、2つの異なる音楽を見事に融合している。
そんな「SK∞」には、青春アニメの名手・内海紘子監督のオーダーで、クラシックをテーマにしたキャラクターがいた。愛抱夢(アダム)。またの名を「愛のマタドール」。“S”の創設者にして、伝説のスケーター。仮面の下に人気の若手政治家の顔を隠した、いわゆるラスボス。CV子安武人。これだけでかなり満腹なのに、クラシック。
たとえば第1話、後ろ姿しか見せない愛抱夢は、主人公のはじめてのレースをモニターで眺めながら、ベートーヴェン〈運命〉のレコードを聴いている。ストリートミュージックに割り入る、超王道クラシック。圧倒的に異質な存在。それこそが愛抱夢だ、という見事な提示だ。愛抱夢は異質ではあるが、異形の鬼というわけではない。あくまで人間の範疇での異質さ――唯美主義的、独善的なキャラクターを表現するときにも、クラシックは活躍する。そういう場合、「今、クラシックが流れたな」と誰もがわかるベートーヴェンの名曲はハンディだ。
〈運命〉は第5話、主人公との対戦時にもリフレインする。そして、終盤のバトルに挑む愛抱夢の背後に流れるのが本日の曲、ベートーヴェンの〈月光〉第3楽章だ。疾走するアルペジオ。道端のピアノで自己流に弾き殴っているようなストリート感に、次第に殻を破っていく愛抱夢の心が垣間見える。
政治家一族に生まれ、幼少期から抑圧されてきた愛抱夢の闇は深いが、クラシックは彼の美学であり、個性でもある。演奏ひとつでとりすまして聴こえたり、泥臭くなったりもするクラシック。誰かの変化や成長まで教えてくれる音楽って、心ひとつで変わる人生みたいだな、と感じる見事な演出だ。
演奏はグレン・グールド。ちょっと荒々しい演奏。よくあるエレガントな演奏と聴き比べ、クラシックの醍醐味を愉しんでほしい。
3) プッチーニ:オペラ「蝶々夫人」より ある晴れた日に(4/8放送分)
最終日は変化球。早見さんの代表作の一つでもある「鬼滅の刃」の原作から、時代背景を提示するクラシカル・マジックをご紹介しよう。
※つづきは後日、別途アーカイブ記事として掲載します。
クラシック・プレイリスト、次回の担当は5月18日(火)から20日(木)。テーマは「怖いクラシック」です。
毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoでもお聴きいただけますので、どうぞお楽しみに。