Memories & Discoveries 21/02「現代のショパン」

声優・早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。

2月は「現代のショパン」と題し、気鋭のピアニスト/音響工学者/YouTuber、角野隼斗さんをご紹介した。

角野さんは1995年生まれ。2018年の「ピティナ・ピアノコンペティション」優勝後、ピアニストとして活動を続けながら東京大学情報理工学系研究科を卒業。フランス音響音楽研究所 (IRCAM) でAIによる自動採譜の研究に従事するなど音響工学研究者として歩みながら、cateen名義で展開するYouTubeチャンネルではクラシックからジャズ、ポップス、アニメ・ゲーム音楽までを自在に奏で、総再生回数7000回、登録者数60万人(2021年3月現在)を誇っている。

昨年末、サントリーホールで行われたリサイタルではじめて彼の演奏を聴き、多彩な前評判とは裏腹に王道のショパンで攻める姿勢に興味を引かれた。その後のインタビューで、19世紀の偉大なピアニスト「ショパンとリスト」へのリスペクトも伺った。おもしろいのは、そのリスペクトの方向性が、従来のクラシックのピアニストとは一味違うところだ。

アルバム「HAYATOSM」の曲とともに、音響工学とSNSの力でクラシック音楽界の常識を覆す角野隼人さんの世界を覗いてみよう。

 

1) ショパン:英雄ポロネーズ(2/23放送分)

1810年、ポーランドの首都ワルシャワ近郊で生まれたフレデリック・ショパン。「ポロネーズ」はポーランドで生まれた民族舞曲の名で、古くからヨーロッパで親しまれていた。ズンタタ・タンタンタンタンと、強い拍から始まる3拍子の勇ましいリズムが特徴だ。

この作品は、ショパンが亡くなる7年前の1842年、32歳のときに作曲された代表作のひとつ。男らしく勇ましい魅力を持つことから「英雄」というニックネームで呼ばれている。角野さんにとっての「ショパンのテーマ」ということで、リサイタル冒頭で華々しく演奏された。まずはこの、王道のショパンから。

個人的に、角野さんのピアノの魅力は「ピアニシモの美しさ」だと感じている。音が消えていく瞬間まで計算し尽くしているではと勘ぐってしまうほど、耳にのこる残響。もしかしたら、音響へのこだわりと関係しているのかもしれない。

2) 角野隼斗:大猫のワルツ(2/24放送分)

タイトルでおや、と思った方もいらっしゃるだろう。この曲は、ショパン「子犬のワルツ」とのペアリングのために作曲された、角野さんのオリジナル曲だ。

角野さんの魅力の2つ目は、セットリストの自由な発想にある。通常、クラシックのピアニストは、たとえばショパンを演奏するなら練習曲を続けて、とか曲調や時代性が重なる他の作曲家と合わせて、とか工夫をこらす。しかし角野さんの場合、そこで自作曲を合わせてみる。あるいは、ある曲の終音と次の曲の最初の音を同じトーンにそろえて残響を活かす。こうした理系っぽいテクニックが、とても新鮮だ。

考えてみれば、「クラシックと自作の曲を組み合わせる」というスタイルは、ショパンやリストの時代にはあたりまえのことだった。彼らはバッハなど、当時(1830~40年代)の人にとってのクラシックも弾いたし、即興や作曲もした。オペラの最新ヒット曲をアレンジしたりもした。角野さんは、クラシックの演奏にも自らのアレンジ力を生かすようになり、この19世紀のスタイルが大きな指針になると気付いたのだという。

大猫のワルツ、ショパンと比較していただくとわかるが、彼の「子犬」とは似て非なる「大猫」の動きが愛らしい。わたしも大きなトラ猫を飼っていたのでわかるのだ。猫愛あふれる角野さんらしい、あざやかな猫描写を楽しんでほしい。

3) リスト+角野隼斗:愛の夢 第3番(2/25放送分)

リストはショパンの1歳下、1811年に現在のハンガリーで生まれた。少年時代からパリのエンタメ界で活躍したが、20歳のとき上京してきたショパンと出会い、一時は合鍵をもつほどの盟友となった。

「愛の夢」はもともと、ソプラノのために書かれた「おお、愛しうる限り愛せ」という名の歌曲だったが、リスト39歳の1850年にピアノ独奏曲としてセルフカバーしたものだ。この曲はアルバム『HAYATOSM』で、ドラマティックな「死の舞踏」と「ハンガリー狂詩曲第2番」の間でグラニテ(口直しの氷菓)のように登場する。そのままでも甘やかな人気曲だが、角野さんのルーツの一つジャズの要素を加え音を間引いたアレンジで、より現代的な雰囲気に仕上がっている。

これには、彼のリストについての分析が大きく影響している。リストは超絶技巧というイメージがあるが、意外なことにその音型は単純だという。「たぶん、本番での即興性を第一にしていたからじゃないでしょうか」と角野さんは語っていた。そのどこか自由な雰囲気を孕んだカリスマ性、スター性というのが、リストへの憧れの主軸なのだそうだ。

たしかにリストが現代に生きていたら、迷わずYouTubeを駆使していただろう。彼の演奏旅行は、レコードもない時代、進化したピアノと長距離鉄道を駆使し、パリの最新ヒット曲をヨーロッパ中に広める役割も果たしていた。後年指揮者としても活躍し、現在のリスト音楽院を創設したことでも知られるが、そうして「ピアニストの枠を飛び越えていく生き方にも強く惹かれる」という言葉が印象的だった。

角野さんはショパンに似てるけど、「現代のリスト」のほうが似合っているかもしれない。

 

クラシック・プレイリスト、次回の担当は4月6日(火)から8日(木)。テーマは、最後に「愛の夢」と早見さん思い出のアニメ語りで盛り上がった「CLASSICAL MAGIC アニメ×クラシック語り」です。

毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoでもお聴きいただけますので、どうぞお楽しみに。

出演|Memories & Discoveries

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