
少女時代から、西洋の物語とその土台にあるキリスト教会が好きだった。
とりわけクリスマスへの愛は深い。本を読んだり、映画を観たりしながら、その文化や由来を知るたび魅了された。
『小公女』で屋根裏部屋に現れたご馳走の、クリスマス・プディングとはなにか。『若草物語』の四姉妹が声を合わせたキャロルは、何番の賛美歌か。『あしながおじさん』のジュディのようにプレゼントのリストを作るなら、私は何をならべるだろう。そんなことばかり考えていた。
アドベントを前に、かつての無邪気なコラムを読み返した。13年を経て変わったものと、変わらぬもの。今思うアドベントの意味を、あらためて綴ってみたい。
クリスマスの準備をはじめる待降節第一主日を前に、アドベントについて綴りました。
2年前の冬にパリを訪れ、クリスマスはやはり冬至祭であり、暗闇を照らす「希望の火」なのだと実感したことがあります。
夜明けは遅く、日没は早く、枯れた草木は雪に覆われ、世界はモノトーンになる。そんな日がくる日もくる日も続くと、もう春なんて来ないのではないかと不安になる。それでも、冬至を境に少しずつ、季節は春ヘと変わっていく。だから「光の生まれる日=冬至」を、人々は灯火で祝ったのでしょう。
一人静かにクリスマスカードを書いたり、誰かのために祈ったりしながら、自分自身の心を見つめるアドベント。一年で最も浮き立つこの季節の歴史や、過ごし方のアイデア。
時代とともに薄れゆくクリスマスの幸福を、次世代に伝えられたらと願っています。
