何年かに一度、「今、この人の音を聴かなければ」と思わせる音楽家に出会う。
務川慧悟というピアニストを知ったのは、2017年のシャネル・ピグマリオン・デイズのときだったが、一昨年あたりから「聴かなければ」の思いが高まり、昨年実演に際して確信に変わった。
日本とパリを拠点に活躍する務川さんの魅力は、なんといっても空気感だと思う。抽象的な雰囲気だけではない。音楽の時間軸や空気を自由に操り、聴衆を世界に耽溺させる力のことである。パリにゆかりある音楽家を「エスプリ」で語るのは野暮かもしれないが、そうとしか表現できない知性──どこか左岸っぽい、静謐な探究のようなものを感じるのだ。
ピアノとワインと時々パリ──務川慧悟 ラヴェル: ピアノ作品全集 他
https://note.com/_maitakano/n/ne21d98bdda02
2014年に渡仏後、フランク・ブラレイの下でバロックから現代曲まで幅広いレパートリーを磨いてきた務川慧悟。
2022年にラヴェルのピアノ作品全集をリリース。今年7月にはラヴェル生誕150年を記念し、3時間におよぶ全曲演奏会を行った彼の音楽を、ご自身のエッセイのタイトルでご紹介した。
ラジオ放送後に体験したリサイタルは、静寂の中の熱情に、肌が粟立つ一夜だった。愛に満ちて、孤高なその音楽に、務川さんはどれだけの時間向き合ってきたのだろう。本物の共鳴は聴く者に伝わる。演奏が終わっても、圧巻の静寂がつづいた。ピアニストが立ち上がってから、湧き上がった拍手の余韻が忘れられない。
透き通った音色の「水の戯れ」は、夏にふさわしい。務川さんはこの曲とシャブリとのペアリングを推奨していると話すと、みんなが納得してくれた。収録時には「(そうした助言は)クラシックを知らないけれど聴きたい、というたくさんの人の大きな助けになりますね」と早見沙織さんが応じてくれて、とても示唆的だった。
新しい録音やエピソードをご紹介できる日を期待しつつ、実演を追いつづけたいと思っている。
クラシック・プレイリスト、次回は9月に告知予定。毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局とradikoタイムフリーでもお聴きいただけます。