Memories & Discoveries 24/05「イタリアへの旅」

紺碧の海と断崖に並ぶ家々、そして黄金の光にかすむ山々。

南イタリア、アマルフィ海岸。今も変わらぬ楽園を描いた画家は、22歳のフェリックス・メンデルスゾーンである。北方のドイツからこの地を訪れた彼の感動はいかばかりだったろう。交響曲第4番「イタリア」の冒頭は、まさにこの光景から生まれたかもしれないと想像を掻き立てられる。

イタリアをはじめて訪れた瞬間、私も恋に落ちてしまったからわかる。地中海の光と豊かな食、あらゆる芸術を生み出した国の圧倒的な美的感覚、そして強くてあたたかい住人たち。生きることのシンプルな喜び—―朝日の中の木の枝や、雲のうごくようすを楽しみ、ワインの香りやチーズをかじることを思い出させてくれるあの国で、暮らしてみたくなる。

モーツァルトもリストも、同様にさまざまな作品や言葉を残している。イタリアの恋の引力のようなものはきっと、今も昔も変わらないのだろう。

夏が近づくといつも、イタリアが恋しくてたまらなくなる。旅立ちたい気持ちをプレイリストに託し、今月はアーティストたちの「イタリアへの旅」をご紹介したいと思う。

1) メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」より 第1楽章(5/28放送分)

北の国の人々にとって、イタリアは憧れの土地だ。

ハンブルク生まれの作曲家、フェリックス・メンデルスゾーンがイタリアを旅をしたのは、1830年10月から翌年4月にかけて。ヨーロッパを南下し、ヴェネツィア、フィレンツェ、ナポリ、そして親戚が住んでいた首都ローマへ。教皇グレゴリウス16世の就任式なども目撃し、大きなる刺激を受けて作曲に取りかかったことが本人の手紙からわかっている。

身も心も踊りだしたくなるような躍動的なリズムが、なんといってもたまらない。イタリア好きの方なら、「わかるわかる!イタリアにいるとこういうテンションになるよね!」と頷いてくれるだろう。

一方で、そんな熱狂がふいにやんだときの静けさ、長調と短調、明るさと暗さといった正反対の要素が、目まぐるしく交錯するのもポイントだ。それはある意味、イタリアという国の正確なスケッチになっている。

古代ローマ帝国が崩壊してから19世紀半ばまで、イタリアは一つの国ですらなく、風光明媚な土地だからこそ、スペインやフランスといった大国に蹂躙され続けた。そういった歴史もまた、イタリアの壮絶な美しさや懐の深さにつながっていると思うからだ。ロレンツォ・ディ・メディチはこう語っている。

私たちは幸せになることを諦めてはいけない
明日のことは誰にもわからないのだから
朝起きて今日も命があったと思うなら
その人生を精一杯謳歌しよう

この精神こそ、イタリアの魂なのだと思う。

2) レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲より イタリアーナ(5/29放送分)

ボローニャ出身の作曲家オットリーノ・レスピーギは、20世紀前半に活躍した、近代イタリア音楽の開拓者の一人。「ローマ三部作」と呼ばれる交響詩がよく知られているが、今回は古楽を現代オーケストラのために編曲した組曲をご紹介する。

「リュート」とは、中世・ルネッサンスからバロックにかけて用いられた小さな撥弦楽器。バロック時代の終わりとともに廃れたが、19世紀末、音楽学者たちの研究で再び注目が集まる。古楽を愛したレスピーギもまた、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院で教授を務めていた間、埋もれてしまったリュートの楽譜を見つけることを楽しみにしていたという。

選んだのは、これがイタリアの「eleganza(優雅さ、気品)」を象徴する曲だと思ったからだ。

陽気でカジュアルなイメージを持つ方も多いが、私はイタリアほどエレガントな国はないと思う。古代ローマの礎の上にルネッサンスが花開いたイタリアは、美術でも音楽でもファッションでも、あらゆる美の故郷。メディチ家の姫君が輿入れするまで、フランスにはナイフとフォークを使う習慣すらなかった。

たとえばフランスの美しさが「垢ぬけた」という意味のシックだとしたら、イタリアの美しさには「気品」、つまりエレガンツァという言葉が似合う。

レスピーギもまた、この原曲の魅力を「気品と香気」と語っている。それを損なわないように「注意して和声を配し、管弦楽の衣を着せたのだ」と。

自国の歴史を知り、古の美に誇りを持つこと──これも一つの、イタリアへの旅ではないだろうか。

3) 久石譲:旅路(夢中飛行)(5/30送分)

最後にご紹介するのは、映画『風立ちぬ』のメインテーマ「旅路」だ。

『風立ちぬ』は2013年公開。飛行機設計者・堀越二郎の半生と、堀辰雄の小説の世界観を融合させた人間ドラマである。じつはこの作品、主人公と妻の関係性にいろいろ思うところがあり、公開時に一度観たきりだった。ところが昨年、久石さんがドイツ・グラモフォンから出した第一弾アルバムを聴いたとき、「イタリア」につながる作品の魅力を再発見したのである。

「旅路」には、異国情緒あふれる弦楽器のトレモロが用いられている。私はこれを、大正~昭和初期の若者の間で流行したマンドリンの音だと感じた。そして「ああ、そうか、これはイタリアへの憧れがテーマなんだ!」と考えた。

というのも、主人公・二郎が見る夢にはいつも、ジャンニ・カプローニというイタリアの伯爵が登場する。彼は実在の航空技師で、夢の中で二郎にアドバイスしてくれる「心の師」だが、実在の堀越二郎にそうした逸話はない。ではなぜカプローニが登場するのか──?

もちろん、宮崎駿監督の憧れだからである。スタジオジブリの「ジブリ」も、カプローニ社の飛行機に由来している。

「飛行機は美しい夢なんだ。呪いでもある」。カプローニは劇中で、ものすごくイタリア人らしいセリフを呟く。宮崎監督の想いがつまったこの言葉に注目して再見したとき、私はようやく、二郎と和解したような気持ちになった。

じつは私がマンドリンだと思ったのは、ロシアの弦楽器バラライカの音だった。それでも、勘違いのおかげで「宮崎監督とイタリア」を知ることができてよかったと思っている。

憧れこそすべての芸術家の原点であり、生きる原動力なのだから。

 

クラシック・プレイリスト、次回の担当分は8月20日より放送予定。テーマは「ラヴェルと彼のパリ」です。毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局とradikoタイムフリーでもお聴きいただけます。

出演|Memories & Discoveries

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