Memories & Discoveries 24/04 「クラシカロイドで朝食を」

この春、仙台フィルハーモニー管弦楽団と名指揮者・高関健の「進時代」の船出として、その名も「クラシカロイドコンサート」が実現した(3/20 日立システムズホール仙台 コンサートホール)。

『クラシカロイド』は2016年から18年にかけてNHK Eテレで放送されたアニメシリーズ。ベートーヴェンやモーツァルトといったおなじみの作曲家たちが、本人の記憶と不思議なパワーを持つ人造人間として現代に蘇るドタバタコメディだ。なにしろ第一話冒頭から、ベートーヴェン(声:杉田智和)が餃子への異常な愛情を見せつける。わが最愛の『銀魂』で知られる藤田陽一監督作品ということで、様子のおかしさは伝わるんじゃないかと思う。

この作品、最大の見どころの一つが「ムジーク」と呼ばれる名曲カバー。「ムジーク・プロデューサー」と呼ばれるカバーアーティストが豪華で、ベートーヴェン×布袋寅泰、モーツァルト×tofubeats、バッハ×つんく♂といった一流の顔ぶれだった。

放送終了後6年も経つというのに、作品や「ムジーク」は熱いファンに愛され続けている。クラシックを音楽を身近にする「進時代」を掲げた仙台フィルがコラボレートすると、コンサートには世界中からファンが駆けつけた。プログラムノートを執筆したご縁で現地に伺った私にとっても、感無量の一日だった。本当に、あの空間にいられてよかった。

番組に合わせ、今回は朝おすすめのムジークを3曲ご紹介。仙台の感動を、少しでもおすそ分けできれば幸いだ。

1) 布袋寅泰:豊穣の夢~エリーゼのためにより~(4/9送分)

1日目は、ベートーヴェン「エリーゼのために」から生まれたムジーク。

原曲はおなじみのピアノ曲だが、じつは「バガテル第25番」が正式名である。バガテルとは「ちょっとしたもの」といった意味で、「エリーゼのために」と献辞があったことからその名で呼ばれるようになった。曲が有名になると「エリーゼ=不滅の恋人では?」といった伝説がたくさん生まれたが、現在でははっきり否定されている。

不滅の恋人とは結ばれなかったベートーヴェンは、生涯独身。偏屈でこだわりの人だった。『クラシカロイド』でも視聴者を唖然とさせるこだわりを多々見せるが、その一つがコーヒー。コーヒー豆を60粒数えて飲んでいた、という史実エピソードも有名だが、第22話「ちがいのわかるおとこ」でベートーヴェンは、至高の一杯にたどりついた喜びから「ムジーク」が発動する。「ああ、あれね」とにんまりする方も多いだろう、某ゴールドブレンドのCM風。だから「ちがいのわかるおとこ」なのかと、タイトルが回収されていく。

布袋寅泰ならではのギターの主張が心憎いが、彼自身がオファーしたという、ソプラノ田中彩子の歌声にも注目。聴きながらコーヒーを淹れたら、至高の一杯が味わえるかもしれない。

2) tofubeats : HAVE A NICE DAY! ~オーボエ協奏曲より~(4/10送分)

モーツァルトは21歳の頃、ザルツブルクの宮廷オーケストラの同僚、ジュゼッペ・フェルレンディスからの依頼でオーボエ協奏曲を作曲した。この曲はオーボエ協奏曲の中でずば抜けて愛され続け、今ではオーボエ奏者のオーケストラ入団試験で必ず課題になる曲なんだそうだ。「クラシカロイドコンサート」でも、仙台フィル首席の西沢澄博さんが、翼を背負って超絶技巧を披露してくれた。

モーツァルトといえば神童。アニメ『クラシカロイド』のモーツァルトもそんな人物だ。運命に抗うベートーヴェンを崇拝するシューベルトは、いつもふざけてイタズラばかりのくせに至高のメロディを生み出す──そしてベートーヴェンにも一目置かれているモーツァルトが大嫌いだった。第2シリーズ19話「シューベルトの憂鬱」では、そんな二人がともにアクシデントに出くわし、モーツァルトが「ムジーク」を発動。二人鳥になって空へと羽ばたいたことで、シューベルトは自分の嫉妬や羨望を認め、モーツァルトと和解する。

無駄なこと 意味ないことを
やってる気がしてしまうこともある 近道はないね
人生頑張りすぎちゃって 疲れてないかい?
色とりどりの世界を 全部見てみたいなら
カバンひとつでいいさ 君がいればOK

肩の力を抜いて踏み出そうよ、というメッセージがものすごくモーツァルトらしい、わが最推しムジークだ。こんなふうに語られたら、好きにならずにいられない。モーツァルトを聴くとなんで気持ちよくなっちゃうか、がよく伝わる曲だと思う。

ムジークプロデューサーはtofubeatsさん。ベートーヴェンが布袋さんのロックなら、モーツァルトはカラフルなポップスだよね、という意図で選ばれたのだという。イントロから第3楽章の印象的なメロディが流れるが、アウトロに登場する第1楽章冒頭のメロディもかっこいい。疾走するモーツァルト、最後までお聞きのがしなく。

1) EHAMIC:子犬のカーニバル~子犬のワルツより~ アコースティックver.(4/11放送分)

ショパンの晩年、1846年から48年にかけて作曲された「子犬のワルツ」。正式にはワルツ第6番 作品64-1。小説『F ショパンとリスト』にも登場させたお気に入りの女性、デルフィーヌ・ポトツカ伯爵夫人に捧げられた曲だ。

もともとは、恋人ジョルジュ・サンドが飼っていた子犬が尻尾を追ってぐるぐる回る様子から、即興的に作曲されたと言われている。中盤で響く高く短い音は、子犬がつけた「鈴の音」なのだそうだ。

『クラシカロイド』の中で、ショパンは人見知りだけどじつは毒舌、インターネットに強いキャラとして描かれている。これってじつは史実に基づいていて、ショパンは当時進化していた「ピアノ」というガジェットの性能を熟知し、くまなく使いこなしていた作曲家だった。だから、ショパンのムジークプロデューサーが、いわゆるボカロPであるEHAMICさんなのも納得である。ショパンはボカロPで、リストは絶対YouTuber。納得しかない。

ボーカロイドが「いぬいぬいぬいぬ……」と歌い続ける今回のムジークは、第2シーズ第4話でショパンが発動しみんなを犬にしてしまった問題作だが、あまりのシュールさにハリウッド映画でも使用され、人気に火がつきなんと「Billboard 200チャート」で第1位を獲得した。

EHAMICさんのサンバのアレンジ、すごいのは、3拍子だったリズムが4拍子になっていることだ。恐るべきことに1ミリの違和感もない。「クラシカロイドコンサート」では、ピアニストの太田糸音さんがワルツを弾いたあと、オーケストラの有志メンバーによるアコースティックVer.が演奏されたのだが、MCで太田さんが「サンバのリズムにつられないように必死でした」と笑っていたのが印象的だった。

最初は有志の数人で奏でられていたサンバが、ステージに戻ってきたオーケストラメンバーの音で膨らんで、会場中を巻き込んでいったあの瞬間が、今も忘れられない。マエストロの踊るような指揮ぶりも、客席で監督やアニメスタッフの皆さんと子犬を振ったのも、みんなの手拍子も歓声も、本当にお祭りみたいで楽しかった。

あの喜びこそがきっと、「ムジーク」なのだと思う。

 

クラシック・プレイリスト、次回の担当分は5月28日よりオンエア。テーマは「イタリアへの旅」です。毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局とradikoタイムフリーでもお聴きいただけます。

出演|Memories & Discoveries

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