少女の過ぎゆく春|ソフィア・コッポラの椿姫

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私はオペラを愛する――それは人生と劇場の枠内に位置しているからだ。私はオペラへの愛好を『夏の嵐』の最初のシーンで表そうとした。劇場とバロックの世界――これが私をオペラに結びつける動機である。

――ルキノ・ヴィスコンティ

映画監督によるオペラ演出。これは、映画が「映すオペラ」として誕生して以来、自明の伝統といっていい。

ヴィスコンティや、その薫陶を受けたフランコ・ゼッフィレッリ。そして1976年のバイロイト祝祭歌劇場に招かれ、センセーショナルな《指環》で議論をまきおこしたパトリス・シェローといった20世紀の伝説たちは、現代のオペラ演出の礎だ。

少女時代、はじめて海外で観たオペラは、1994年の映画『王妃マルゴ』で大ファンになったシェローの『ドン・ジョヴァンニ』だった(この秋パリ・オペラ座では、彼の回顧展が開催される)。2001年、『ムーラン・ルージュ』直後のバズ・ラーマンが演出した『ラ・ボエーム』も記憶に新しい。現在進行形で、2017年10月の日本では『萌の朱雀』の河瀨直美が『トスカ』に挑んでいる――

映画と音楽をともに愛してきた人間にとって、リアルタイムで誕生しつづけるそれらの「接続点」は「クラシックと現在」をつなぐものとして頼もしい出来事。しかし数年前、FIGARO誌でソフィア・コッポラの『椿姫』演出家デビューを知ったときほど、心躍るニュースはなかった。

 

運命の『マリー・アントワネット』

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ソフィア・コッポラ(Sofia Coppola, 1971-)は言わずと知れた、我らのガーリィ・ムーブメントの旗手だ。

1995年のMILKFED.立ち上げ、『ヴァージン・スーサイズ』での映画監督デビュー、そして2006年の名作『マリー・アントワネット』。彼女に憧れファッションを真似し、手土産にはコッポラ家のワインを持参し、尊敬する姉のように追いかけてきた。

とりわけ『マリー・アントワネット』の公開は、私の音楽の仕事の最初期にあたり、その後の方向性を決めてくれた一作と言っていい。

冒頭から鳴り響くギターとドラム。王妃に扮したキルスティン・ダンストが手に取り、おいしそうに舐めるラデュレのクリーム。ミント色にショッキングピンク、王妃の水色――通俗な歴史劇とはまるで違う、鮮やかな“ほんとうのヴェルサイユ”の色彩。

音楽のセレクトもほんとうに見事だった。ロックやエレクトロのMIXだけではない。通好みなフレンチ・バロックのセンスあふれるプレイリスト、とりわけオペラ・シーン――詳細は何度も書いてきたから割愛するが、その美しい世界観のなかで、私たちは、マリーというひとりの多感な女性の心に触れ、「悪女」や「悲劇の母」のレッテルを超えた人間性を体感することができた。

この映画があったからこそ、私は「乙女のクラシック」というサークルを作り、本やCDを生み出すことができたのである。

 

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『マリー・アントワネット』オフショットより。左がソフィア・コッポラ。

 

同じころイタリアに、『マリー・アントワネット』に感銘を受けた大物がいた。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニ(Valentino Garavani, 1932-)。その名を世界に轟かせるハイブランド「ヴァレンティノ」の創業者である。

2007年に自身のブランドから身を引いた彼は、その後さまざまなジャンルで、「ファッションという芸術」をより広く伝える活動を続けてきた。ローマ歌劇場でのオペラ『椿姫』も、そのプロジェクトの一環として始動した。

ヴィヴィアン・ウェストウッドやアナ・ウィンターを筆頭に、デザイナーやファッション業界にもオペラ愛好家は多い。ヴァレンティノは、愛するヒロイン、ヴィオレッタの衣装をすべて自らデザインすることを長年夢見ていたのだという。

「いかにオペラの精神に忠実でありながら、時代を超越したデザインを追究することができるか」――その挑戦のために、彼は演出家を探していた。歴史や伝統に敬意をもちながら、同時に果敢に“モダン”を追及することのできる演出家を。そんなとき目にしたのが、ソフィアの映画『マリー・アントワネット』だった。この監督ならば自らの夢を託すことができる。そう、ヴァレンティノは確信したそうだ。

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一方、ソフィアにとってオペラは、少女時代に「父(フランシス・フォード・コッポラ監督)にMETによく“連れていかれた”けれど……」というニュアンスのものだったらしく、おもしろい。

コッポラ父はもちろん、『地獄時の黙示録』の「ワルキューレの騎行」や『ゴッド・ファーザー PARTⅢ』での『カヴァレリア・ルスティカーナ』*1が語り草になるほどのオペラ好き。 

おまけに父方の祖父カーマイン・コッポラは作曲家だし、親戚にも音楽家が多く、著名な指揮者リッカルド・ムーティとも遠い縁戚関係にある。

なにより「あのヴァレンティノと仕事ができるのなら」と演出を引き受けたソフィアは、衣装はもちろん、音楽、演技、舞台美術といったあらゆる細部が、最終的にキャラクターの人間性と感情の高まりへと集約されていくよう、絶妙な采配を振るうこととなった。

 

『椿姫』はソフィアの少女」だった

もともと『椿姫』には、ソフィアのライトモティーフである

「少女の孤独」「過ぎ去っていく青春(=刹那性)」「死(=安息)」

という要素がつまっている。ソフィアはまず、その共通性に目を向けた。

「『椿姫(ラ・トラヴィアータ=道を踏み外した女)』は悲劇的なラブストーリー、しかも極上の。女性の話であり、魅力とロマンスがある。『マリー・アントワネット』で舞踏会のシーンを撮ったけど、そこに精通するものがある」

自らの経験と、表現者としての主題にフォーカスすることで、彼女はしだいに『椿姫』の世界にのめりこんでいった。

まずは舞台美術だ。ソフィアはこれもオペラ初挑戦となるプロダクション・デザイナー、ネイサン・クロウリーに声をかけた。映画『プレステージ』『ダークナイト』などでアカデミー美術賞にノミネートされた彼は、メトロポリタン美術館で衣裳展が開かれるほど定評のあるベテラン。シックでオーセンティックだが建築的な現代性をもち、ヴァレンティノ・チームのドレスを引き立てる美しい舞台が、この巨匠の手によって生まれた。

シャンデリアに、大理石の優美な階段。色彩は抑え目でシック。必要最低限のゴージャスで、19世紀パリのドゥミ・モンド(裏社交界)*2の豪奢を表現している。なんてモダンなのだろう!

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上:第一幕のヴィオレッタは黒いドレスに真珠の耳飾り、黒のリボンで結わえたピンクのカメリア(椿)が映える。引きずるようなトレーンは孔雀の碧(ピーコック・グリーン)。踊るように動くたび、匂うような美しさ。/中央:ピンクのばらのソファに、手に持った小さなブーケ。これがソフィアでなくてなんだろう!/下:象徴たる「ヴァレンティノの赤」は第二幕のドレスに使用され、帝王の存在感を主張した。

 

また、演劇として面白かったのが群像劇のニュアンス。

『椿姫』はメインキャラクターのヴィオレッタ、アルフレード、その父ジェルモンだけがスポットライトを浴びがちな演目だが、アルフレードの存在感のなさ(ソフィア映画において、ハンサムな彼はいつも寓意的象徴でしかない)とともに、ストーネ子爵やドゥフォール男爵、グランヴィル医師の人間味が、じつにソフィアらしかった。

そしてなによりも、パリ一のクルティザンヌ(高級娼婦)としてもてはやされるヴィオレッタの「孤独」だ。

孤独な少女が刹那的な日々のなかで清らかな愛と出会い、つかのまの「青春」を得る。それを失う悲劇を経て、「死」という安息へと向かっていく。そしてヒロインの情動に、(今回はオペラなので当然だが)「音楽」がしっかりと寄り添っている。それこそがソフィア映画なのだ。今回の『椿姫』はその様式に見事にはまっていた。

ヴィオレッタの裏に、23歳でこの世を去った実在のモデル、マリー・デュプレシー*3が透けて見えた。

彼女はキルスティン・ダンストやスカーレット・ヨハンソン、エル・ファニングが演じてきたヒロインたちの系譜に連なる、ソフィアの「少女」だったのだ。

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かくして、ソフィア・コッポラによる初演出作『椿姫』は完成した。ローマ歌劇場での全15公演はすべてソールド・アウト。プレビューにはキーラ・ナイトレーやモニカ・ベルッチ、キム・カーダシアンらが駆けつけ、少女性に訴える舞台と衣装、繊細な感情を表現しようと試みる演技とあいまって、大きな賞賛を勝ち得た。

公演を映像化した『ソフィア・コッポラの椿姫』では、開演前の客席のようすから伺うことができる。当然、すごい顔ぶれだ。娘のデビューを見守る父ら、コッポラ・ファミリーが客席中央に集結する様子も見える。

荘厳なクライマックス、ヴィオレッタの死とともにステージは眩い光に満たされた。劇場は鳴りやまぬ拍手と喝采に包まれ、カーテンコール。演出家ソフィア・コッポラが列に加わり、客席に深くこうべを垂れるのを、私は泣きながら見つめてしまった。

好きなものと好きなものが一緒になる。それはなんて、幸福なことだろう!

Sofia Coppola’s La Traviata – Teatro dell’Opera di Roma

 

オペラの新しい扉

ソフィア・コッポラの存在。オペラへの憧れ。映画監督やデザイナー、音楽家、ほんとうに素晴らしいアーティストにジャンルなんて必要ないこと――これらはすべて、女性誌が教えてくれた。

現地での公演が話題になって以来、音楽関係者による「オーソドックス」「ヴァレンティノが主役」という意見を多く耳にしたが、 まるで見えているものが違うのだという思いに、あらためて愕然とした(もちろん逆に、聞こえている情報量も違うだろう)。

たしかに時代の読み替えや大胆なポップさはないが、月影のようにもれ出るガーリィで、舞台は満たされていた。それはきわめて現代的で、ソフィア的だ。 

伝統のなかに新しさがある――劇場やMETライブビューイングでも、私はそういう演出家の作品が好きだ。そういうセンス、色彩、伝統と前衛のバランスへの嗅覚を養うために、私は古典から読み替えまでを学んできたのだな、とうれしくなる。 

 

実際に今回の『ソフィア・コッポラの椿姫』、どうしてもオペラは苦手だと言っていた音楽好きの友人たちやその周辺――もちろん映画ファンも次々に劇場へ押し寄せているのようだ。通常のオペラのライブビューイングからは考えられない盛況と聞く。 

いまオペラは、映画館で、動画配信で、マンガで、自由に楽しむ時代なのだ。そのうち何割が劇場に足を運ぶかなんて、長い目で見なければわからない。まずは「オペラは別世界の遺物ではない」という「接続点」によって、下地をつくることが大切なのだと、英国ロイヤルオペラのCEOアレックス・ビアードも言っていた。

『ソフィア・コッポラの椿姫』にかけつけた人々は、「椿姫、オペラ、よかった!」という出会いを果たした。それだけで、着実に、新たな扉が押し開かれたのだ。 

親愛なるソフィア・コッポラ、新しい一歩をありがとう。

その成功を祝福しに、また劇場へ足を運ぼうと思う。

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www.salonette.net

 

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*1:奇しくもソフィア自身がアル・パチーノの娘役で出演し、凶弾に倒れるシーンで使用される。演技の酷評もあって、ソフィアは女優業を潔く断念。その後クリエイターの道へと進んだ。

*2:1830年の七月王政から48年の王制崩壊の間、その前に興った産業革命ともあいまって、フランスは前代未聞のバブルに浮かれた。極端な貧富の差が生まれ、貴族たちは没落し、突然大量の資産を手に入れた裕福な市民階級がその称号を買い取り、新興貴族となる。その彼らの周りにいたのが、ヴィオレッタのような「クルティザンヌ(高級娼婦)」たち。特定の誰かの愛人として囲われることなく、何人ものパトロンを持ち、湯水のようにお金を使う。パリの中心にアパルトマンと自分用の馬車を持ち、自ら月に数回も華やかな舞踏会を主宰し、劇場に通う生活。そうしたクルティザンヌや新興貴族、ブルジョワジー達によって構成された社交界は、王族貴族による本来の「社交界」に対して“半分の世界”を意味するドゥミ・モンドと呼ばれた。

*3:当時ドゥミ・モンドで最も著名だったクルティザンヌ。胸元につけた椿をトレードマークにしていた。最後の恋人はアルフレードなく、音楽家フランツ・リストだったといわれる。

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