COMIC RECOMMEND Vol.01「マロニエ王国の七人の騎士」

ファンタジーは一大人気ジャンルだが、現代の少女マンガの「王道」としては、いまいち目立たない存在である。

とくに1990年代後期から2000年代は、いわゆる「半径5メートルの日常」にある恋愛や仕事、生きづらさなどの繊細な感情を描くことが時代の要請だった。その表現は多岐にわたって驚くほど深化したが、24年組やその後継世代が描いてきた異国への憧れ――クラシカルな音楽や衣食住描写にフェチを感じる向きにとっては、寂しい時代がつづいていた。そこに現れたのが本日の主役、岩本ナオだった。

リアリズムを経て復権した、最高のハイブリッドファンタジー

岩本は2004年デビュー。初期代表作『町でうわさの天狗の子』(2007-13)は、進路の悩み、幼馴染との恋などの身近なモチーフと、骨太な「天狗」設定が同居する高校青春ラブコメとして人気を集め、数々の賞を受賞した。そして昨年、『金の国 水の国』(2016)で真正面からファンタジーを描き、「このマンガがすごい!2017」オンナ編第1位に。これは嬉しいニュースだった。

岩本作品のすごさは、歴史の知識と萌えを日常に引き寄せ、ノスタルジーと現代性を両立させるバランス感覚だ。彼女はインタビューで、赤石路代のマンガやアーサー・ラッカムらの挿絵に憧れ史学を専攻したことを明言しているが、膨大な資料を美しいディテール描写に生かす反面、たとえば『金の国…』の主人公たちの出身は「A国とB国」というザックリ設定。ご近所トラブルのような理由で対立し戦争が勃発するというブラックさも、主人公たちが「半径5メートル」にある誤解や悪意に立ち向かう言動にも、大仰さや嘘がない。ファンタジーだけどリアル。それらがかわいい絵柄で描かれるから、非オタク層でも肩の力を抜いて楽しめるのだろう。

現在連載中の『マロニエ王国の七人の騎士』はご覧のとおり、中世騎士物語。十字軍の時代の衣装や建築が好きだという岩本にとって、本領発揮の設定だ。表紙に居並ぶ7人は女将軍の息子で騎士だが、名前は「博愛」「獣使い」「ハラペコ」など、キャラ設定そのものというザックリさ。大義は「お姫様を助けること」と牧歌的だ。

一方、当の「お姫様」は助けられることに違和感がある。

自立したプリンセス像はいまやディズニー映画でもおなじみだし、ファンタジーではむしろ、後半に登場する女騎士のようなキャラクターが定番ですらある。しかし、本作の姫には「女だてらに」というほどの気負いはない。美しいが無愛想で、必須科目である「お歌もお花もダンスも」好きじゃない自分に劣等感を持っている、ただの女性――そこがまたリアルなのだ。彼女はお忍びのため男装し「寒がりや」と兄弟のように過ごすうち、少しずつ解放されていく(画像)。そして木の実をとるため肩車した瞬間、その視界には美しい緑の草原が広がり、その耳には音楽が流れる(=感情がはじめて大きく動く)。この美しい見開きには息を飲んだ。ていねいな伏線、コマ割りや仕草、佇まいが持つ物語性。リフレインされるセリフも心地よい。

「助けられる女」というジェンダーから解放された姫の感情描写は、リアルを生きる私たちと同じ切実さを持っている。この描写、メッセージと音楽性こそが、少女マンガを少女マンガたらしめるエッセンスなのだと、私は思う。

どうやら彼の国も、どこかの島国同様、不安定な政治情勢に揺れているようだ。後半では神や宗教といったフレーズが繰り返され、不穏な空気が漂う。世界の謎が少しずつ明らかになっていくのもファンタジーの楽しみ。箱入りのチョコレートのように、大切に味わいたい。

(Febri Vol.44, 一迅社, 2017)

 

マロニエ王国の七人の騎士(1) (フラワーコミックスα)マロニエ王国の七人の騎士(1) (フラワーコミックスα)

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