Memories & Discoveries 22/10「女王たちのアリア」

声優・早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。

10月は、新国立劇場オペラの2022/23シーズン第一弾『ジュリオ・チェーザレ』をきっかけに、3つの「女王たちのアリア」をご紹介した。

古今東西の歴史を舞台にしたオペラには、凛としたオーラで舞台を支配する女王たちが登場する。悲劇のヒロインもいいけれど、私は断然クイーン派。クレオパトラやエリザベス1世、三者三様のアリアを味わいながら、女王たちの誇り高き魂を探ってみよう。

1) ヘンデル:歌劇『ジュリオ・チェーザレ』より 嵐で木の船は砕け(10/25放送分)

1日目の主役はエジプト女王、クレオパトラ。古代ローマの英雄カエサル(ジュリアス・シーザー)の恋と冒険を描く、傑作バロック・オペラのヒロインだ。

歴史上の二人の恋や、クレオパトラと共同統治者の弟トロメーオとの政争が、デフォルメたっぷりに描かれた本作。1724年、ロンドンのキングスシアターで初演されたこのオペラによって、ヘンデルは作曲家としての地位を確立した。ベストアルバムのようにキラキラしたアリア満載の音楽はもちろん、このクレオパトラの天衣無縫の王気が、多くの人を虜にしたことは間違いない。

このアリアが歌われるのは、クライマックスの再会シーン。戦いに敗れ海で行方不明になったカエサルが舞い戻り、歓喜の中でクレオパトラが歌う。「苦しみと涙に埋もれた心が 今は幸福に高鳴っている」という歌詞にのせ、今にも踊り出しそうなナンバー。近年の演出では、バックダンサーと一緒に踊るバージョンさえある。

こんなふうに誇り高く、全力で生きてに人生を楽しんでもいいよね、と勇気が湧いてくる一曲。

2) パーセル:歌劇『ディドーとエネアス』より ディドーのラメント(10/26放送分)

2日目は有名な哀歌(ラメント)を。主役は神話の時代、トロイの王子エネアスに恋をしたカルタゴ女王、ディドーである。

魔女たちの陰謀で恋人と引き裂かれ、失意のまま命を落とすディドー。物語は悲恋のテンプレだが、最後の言葉であるこのアリアにこそ、女王の矜持がつまっている。

私が地に横たえられたとき 私の過ちがおもえの心に 悩みをもたらさないように
私を忘れないで でも、ああ 私の運命はどうか忘れておくれ

死をみとる妹の腕の中で、女王は歌う。下降する音型に宿る悲しみを超えて、残す者へと注がれる慈愛。この曲以上に胸を締めつけるアリアに、私は出会ったことがない。

パーセルが活躍した17世紀から200年、19世紀の英国音楽リバイバルで注目されたこのアリアは、今ではジャズ・スタンダードとしても愛されている。

3) ドニゼッティ:歌劇『ロベルト・デヴリュー』より 裏切者よ、生きなさい(10/27放送分)

最終日にご紹介したのは、イタリア人ドニゼッティが生んだ英国女王三部作からのアリア。『アンナ・ボレーナ』『マリア・ストゥアルダ』『ロベルト・デヴリュー』を貫く女王の中の女王、エリザベス一世が主役だ。

三部作はそれぞれ、エリザベス一世の母アン・ブーリン、宿敵メアリ・スチュワート、そして最後の恋人ロバート・ダトリーが主題(イタリア語表記)なのだが、真の主役はエリザベス自身といっても過言ではない。とりわけ『ロベルト・デヴリュー』の見せ場は、この女王の「赦し」だと思う。

ロベルトが自分の信頼する侍女サラと愛し合っていたことを知った女王は、当初激しく怒る。「(裏切者は)おまえだったのか!」と手を振り上げる女王と、逃げずに怒りを受け止めるサラの対峙に息をのむが、女王は怒りより君主としての威厳を優先するのだ。そして、ロベルトに告げる。

裏切者よ、生きなさい その女のそばで
ああ 秘めさせておくれ この涙は
ああ この世の誰にも言わせない
イングランドの女王が 泣くのを見たなどとは

辺境の小国から、大国へとイングランドを導いたエリザベス一世。支配するものは自分のためには生きられない。その悲壮な決意が、荘厳なアリアに通底する。繁栄のシンボルだった彼女の肖像画に添えられたこの言葉を、思い出さずにいられない。

彼女は与えるのみ、決して見返りを求めず
彼女は復讐できるが、決して復讐をしない

クラシック・プレイリスト、次回の担当分は1月3日よりオンエア。テーマは「LOVE SONGS」です。

毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoタイムフリーでもお聴きいただけますので、どうぞお楽しみに。

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