声優・早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。
8月のテーマは「美しき夜」。フランス語なら「Beau soir」。その名を冠したドビュッシーのヴァイオリン曲を、夏の新譜で見つけた。
清少納言でなくても、夏は夜。心浮き立つ夏至前夜にはじまり、7月は七夕、8月は花火、9月には名月がつづいて、私たちは何度も空を見上げる。故郷・新潟の花火も各地で復活することだし、今年も夏の夜をめいっぱい愉しみたい。夏注目の新譜をご紹介しながら、ブエノスアイレスからパリへと続く夜の旅に出かけてみよう。
1) ピアソラ:私はマリア(8/2放送分)
20世紀アルゼンチンを代表する作曲家、ピアソラ。リベルタンゴなど、バンドネオンと哀愁のタンゴ音楽で知られる巨匠だ。
1960年代、スランプで苦しんでいた彼は詩人オラシオ・フェレールと出会い、ともに歌曲を創作することで復活した。そんな二人の初コラボ作品が、アルゼンチンタンゴの誕生から、死と再生までを描いたオペラ『ブエノスアイレスのマリア』。ご紹介した「私はマリア」は、このオペラのアリアである。
ここでの「マリア」はタンゴを象徴する女性、いわばタンゴの擬人化だ。登場シーンで、彼女は高らかに名乗りを上げる。
あたしはブエノスアイレスのマリア
あたしのことを知ってる?
マリアはタンゴ 夜のマリア 宿命のマリア 情熱のマリア 愛のマリア
ブエノスアイレスのマリアとは あたしのことよ!
男たちを(女たちも)手玉に取り、ブエノスアイレスの街に君臨するマリアを演じるのは、エジプト出身の新星ファトマ・サイード。
幼い頃からのダンスへの愛を消化させたセカンドアルバム『カレイドスコープ』では、アルゼンチンタンゴの腕前まで披露している。彼女は語る。
ダンスは私にとって、自分自身を表現するもう一つの手段です。このアルバムに収録したレパートリーもまた、すべてが強いダンスの要素を持っているのです。曲たちは私を感情的に動かし、ダンスのステップとリズムを思い出させます。ダンスなしの音楽、または音楽なしのダンスなど、私には想像もできません。
ブエノスアイレスの夜風とミロンガを空想し、ひとたび音楽に身をゆだねれば、あなたもタンゴの虜だ。
2) ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ 第5番(8/3放送分)
続いてはわが夏の定番、エリーナ・ガランチャが歌う「ブラジル風バッハ」をご紹介する。
ヴィラ=ロボスはブラジルの作曲家。南米からパリへと渡り、クラシックに自国の伝統を融合させた。1938年作曲のこの組曲もまた、バッハの様式とブラジル民俗音楽のコラボレーションである。
ソプラノと8つのチェロのための作品で、ヴォカリーズと呼ばれる「歌詞をともなわない歌唱法」が印象的だが、じつは中盤では気だるい恋心が打ち明けられる。
真夜中 流れる雲は薔薇色
澄みわたる夜空にかかっている
月の色は青く 窓辺の少女は眠れずに胸を焦がす
ただ一度交わした口づけを思って
やさしくもむごい それが恋
ヴォカリーズはいわば、恋のため息なのだ。
3) ドビュッシー:美しき夜(8/4放送分)
最後は表題作というべき、パリの夜に浸ろう。
ポール・ブルジェの詩に若きドビュッシーが作曲した歌曲だが、今回はリサ・バティアシュヴィリのヴァイオリンでご紹介した。
歌われるのはもちろん、恋の夜。しかし、時折翳が差し、恋人たちのあいだに漂う虚無感をも繊細に描き出す。さすがフランスというべき大人の恋の表情は、歌詞がない分、音色の変化や軽やかな装飾音となって、聴く人それぞれの想像を掻き立てる。
新譜『ザ・シークレット・ラヴレター』収録というのも心憎い。文学にインスパイアされた音楽作品を集めたこのアルバムでは、聴きなれた曲にも新たな愛を見いだせるだろう。
クラシック・プレイリスト、次回の担当分は9月20日よりオンエア。テーマは「エニグマを探して」です。
毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoでもお聴きいただけますので、どうぞお楽しみに。