源氏物語の香り

2月は、源氏物語に明け暮れた。

源氏物語に登場する「香りと音楽」が暗示するのは、一体なんなのか。そんな対談の準備をするため、五十四帖や参考文献を読み返したのである。

源氏物語を再読したことで、かねてから注目していたアニメ『平家物語』の解像度も格段に上がった。たとえば第3話で維盛の青海波の舞が褒められるのは、彼が「光源氏の再来」と呼ばれていたからだろう。古典同士の教養の遊びにしびれる。

実際の香も味わった。中でも松栄堂の「源氏かおり抄」は奥深い。サブタイトルは「香りで綴る五十四帖」。源氏物語の各帖を主題とし、それぞれの登場人物や物語のイメージを香りやデザインで表現している。

薫と匂宮が主人公となる「宇治十帖」の香りが豊富なのも嬉しく。少しだけ紹介しよう。

五十四帖の五十二 蜻蛉 より「うたかた」
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ありと見て手にはとられず見ればまた ゆくへもしらず消えし蜻蛉

八宮の3人の姫、大君、中君、浮舟と薫の儚い恋、うたかた(泡沫)のような人の縁に思いを馳せる4種。椎本、早蕨、宿木、東屋の4帖が甦る。

■垂氷/冬、すっくと立ち芳香を放つ水仙の気品ある姿。大君のイメージ
■うつろい/咲き誇る梅花。中君のイメージ
■かほ鳥/清涼感のある涼やかさ。浮舟のイメージ
■はちす/清楚な蓮の花の落ち着き。薫中将のイメージ

五十四帖の四十二 匂宮より「貴公子」
五十四帖の五十一「浮舟」
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生まれつき芳香が備わっている「薫」と、薫に負けじと薫物を好む「匂宮」
「匂う兵部卿、薫る中将」と呼ばれた二人の貴公子と、雪深い宇治川に浮かんだ舟のようにあてどない「浮舟」の恋を描いた4種。

■紫/天然香料を駆使した気品高い香り。匂宮のイメージ
■桃/一人の女性を一途に思う情熱。匂宮のイメージ
■藤/二人の貴公子に揺れ動く女心。浮舟のイメージ
■緑/清楚な蓮の花の落ち着き。薫中将のイメージ

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ちなみに告知に使用していた絵巻は、琵琶を弾く匂宮と中君(国宝 源氏物語絵巻より「宿木三」)。


秋(飽き)の庭を前に憂いの中君。匂宮は音楽で彼女を慰めようとするが、薫の移り香に気づき、ふたりの仲を怪しむ。まさに「源氏物語の香りと音楽」の1枚だ。

 

少女時代、私が源氏物語を読みはじめたきっかけは、更級日記の主人公(菅原孝標女)の沼落ちを目の当たりにしたこと。「自分が薫派か匂宮派か確かめたい」と思ったのがきっかけだった。

こちらは「あさきゆめみし」の匂宮と薫(The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated, 2019より)。

ふたりが身にまとう香り、得意な楽器には、それぞれに深い暗示がある。個人的には、情熱があざやかに輝き出すような匂宮の香りが好ましい。

こちらは「あさきゆめみし」の浮舟 (The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated, 2019より)。

オフィーリアのような姿は、二人の貴公子の間で揺れ動き、ついに世を儚む女の運命を見事に表現している。匂宮と薫は、浮舟を媒介に互いのことしか見ていない。

昔は浮舟の選択が理解できなかったが、今回「出家は自立」だと腑に落ちた。平家物語の徳子もそうだったように、出家は男性支配からの解放なのだろう。この、紫式部が今昔の女たちに届けた祈りは、また源氏物語について触れる機会があれば掘り下げてみたい。

「聖書」に絵画や音楽の尽きせぬ広がりがあるように、「源氏物語」の中にはあらゆるアートと教養、そして「人間」がつまっている。だからこそ、贔屓の話をすると盛り上がるのかもしれまない。私の贔屓は朧月夜。さまざまなご質問をいただき、「なぜ朧月夜なのか」を考えてみたくもなった。

誰かと語り合ってこそ理解できる源氏物語は、永遠の読書会テーマだ。

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