Memories & Discoveries 22/03「物語から生まれた音楽」

声優・早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。

3月のテーマは「物語から生まれた音楽」。ユニバーサルミュージックの音楽サイト「uDiscover」の連載第5回から、本や物語にまつわる3曲をご紹介した。

故郷・新潟と東京の二拠点生活をスタートして、約3ヶ月。新しい生活の中で気づいたのが、静寂や自然の尊さだった。

今、家の書斎の大きな窓の外には、遠い山並みを背景に薄く雪を冠った家々の屋根が見え、その上を朝な夕な白鳥が飛んでいく。午前10時には港から汽笛の音。昼下がりにはその港まで散歩し、海岸線を眺めている。その一つ一つがまるで物語みたいだな、と感動した。子どもの頃は何もないと思っていた故郷に、こんなにも物語が潜んでいたのだ。

今回は、そんな故郷での「昼下がりの読書」をイメージしたプレイリスト。

春待ちの午後、熱い紅茶を淹れて、ゆっくりと本の扉を開く。あるいはそっと、レコードに針を落とす。そんな時間を分かち合えたら幸いだ。

1) グリーグ:「イプセンの6つの詩」作品25より 第2番:白鳥(3/14放送分)

ノルウェーの作曲家グリーグが、同郷の作家イプセンの詩から生みだした、透明で美しい歌曲。名曲『ペール・ギュント』でも組んだ二人だ。静かに水面を滑る白鳥を表すシンプルなピアノに、淡々と語るような歌。言葉がわからなくても情景が目に浮かぶが、歌詞もまた素晴らしい。

私の白いスワン おまえは鳴きもせず 歌声など想像もさせない
静かな守護者として 眠る妖精を見守っている 水の上を滑りながら

ノルウェーのソプラノ歌手、リーゼ・ダヴィドセンと、ピアニストのレイフ・オヴェ・アンスネスによるアルバムからの1曲。北欧の歌は、雪国である新潟での暮らしの、静かで満ち足りた気持ちにぴったりフィットする。

新潟は白鳥の飛来でも有名だ。私の家から徒歩圏内にも、大池という白鳥の湖がある。

白鳥といえばこの歌にあるように、湖を優雅に滑る情景を思い浮かべると思うが、間近で見ているとじつはユーモラス。餌をさがしに隊列を作って空を飛んでいくときには、賑やかな鳴き声も聞ける。時には凍った湖の上をよちよちと歩いている。でも、その羽根はいつも真っ白でふかふかで、抱きしめたくなる。

2) エルガー:エニグマ変奏曲 第9変奏:ニムロッド(3/15放送分)

物語の本場といえば英国。そして私は個人的にミステリーが大好き――という理由で選んだこの曲は、エルガーが作曲した弦楽のための変奏曲。正式名称は「独創主題による変奏曲」という。

ある夜、エルガーが食後に何気なく思いついたメロディを弾いているとき、妻のキャロライン・アリスが「今の気に入ったからもう1回弾いて」と言った。そこでエルガーは、メロディを基に共通の友人たちを思い浮かべ「あの人だったら、こんな感じ」と即興演奏を繰り広げた。この曲は、そんな夫婦の一夜を管弦楽曲に膨らませたものだ。

「エニグマ(謎)」という通称がついたのは、各変奏のタイトルが当初イニシャルのみで正体が謎めいていたから。今ではすべて解明されていて、たとえばニムロッドは、アウグスト・イエーガーという楽譜出版社の友人である。

エルガーが彼と語らったというべートーヴェンの「悲愴」第2楽章の旋律のように、最初の一音から、草原を風が通り抜けていく。

3) ショア:『ロード・オブ・ザ・リング』より エピローグ:西へ(3/16放送分)

この曲はまさに物語のサウンドトラック。英国ファンタジーの第一人者トールキンの『指輪物語』を基に、ピーター・ジャクソン監督が映画化した『ロード・オブ・ザ・リング』。そのエピローグの曲である。

今回のプレイリストは「読書」がテーマということで、オープニングは『ハリー・ポッター』のヘドウィグのテーマと決めていた。ところが、ジョン・ウィリアムズの楽曲は1曲の中に緩急がありすぎ、読書には向かない。でも英国ファンタジーは入れたいな、と思っていたところで、この楽曲に出会った。

演奏は、映画をこよなく愛する若手チェリスト、キアン・ソルターニ。最新作『Cello Unlimited』では映画音楽をアレンジし、すべてのパートをチェロで多元収録している。

トールキンの『指輪物語』は、おなじ北欧神話を基にしたワーグナー『ニーベルングの指環』との親和性を古くから指摘されている。作曲家ハワード・ショアもまた、複雑で難解なこの作品を理解し易くするため、ワーグナーのライトモチーフを採用したのだそう。神話という物語が音楽を生み、その音楽が新しい物語に影響を与えていくのだ。

 

作家は音楽からインスピレーションをもらうが、音楽家もまた物語の感動を新しい表現の糧にした。

なかなか旅ができない日々の中でも、人間は物語を楽しめる。春になったらどんな景色が広がるのか、どんな音楽を自分が選ぶのかが楽しみだ。

アーサー王、シェイクスピア、アンネの日記、ウエスト・サイド・ストーリーなどを紹介したコラム全文は、こちらからどうぞ。

ときめく365日のためのクラシックレシピ:物語から生まれた音楽【連載第5回】

クラシック・プレイリスト、次回の担当は2022年4月19日(火)から21日(木)。テーマは「エリザベス女王の誕生日によせて」。

毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoでもお聴きいただけますので、どうぞお楽しみに。

出演|Memories & Discoveries

[関連記事]

連載|ときめく365日のためのクラシックレシピ

 

Scroll to top