アートってなんだろう? そんなことを、このところずっと考えつづけている。
人によって対象は違うけれど、たとえばわたしはクラシック音楽が専門分野なわけですが、なんでそれを選んだのかと問われると謎。家族の影響ではない。学校で特別な経験をしたわけでもない。
しいていえば「気持ちいいから」、それだけ。それだけで自然に惹かれてしまったのが、わたしにとってのクラシック音楽なのだ。
お城のBGMみたいだし、ピアノによりそう白シャツの男の子は王子様みたいだし、なにより音符って、なんてかわいいんだろう。それはドレスやお菓子や洋館やばらの花に惹かれるのとまったく同じ原理で、指南役も、同じように少女マンガや小説や映画だった。(そんな内容の本をいままさに、執筆しているところ。)
だから必然的に、わたしにとっての「音楽の都」はパリだった。ウィーンもロンドンもだいすきだけれど、いちばんはパリ。だってパリほど女の子にとってかんじんな都市が、ほかにあるだろうか?
考えてみてほしい――女性誌や少女マンガから、パリがなくなる日が想像できる?
パリには音楽とともに、それくらい、女の子をうっとりさせるようなアートとファッションとグルメとロケーションがそろっている。たとえそれが、エリック・ロメールの映画のような様式美と、妄想の産物でもかまわない。だって歴史と、それにもとづくフランス人の“精神”は、たしかに存在しているからだ。
この“精神”を体現するイベントこそ、先月ご紹介したラ・フォル・ジュルネ音楽祭だ。
1995年、フランス・ブルターニュの都市ナントで生まれたクラシック・フェス。直訳すると「狂った日々」。45分程度(=休憩なし)のコンサートが朝から晩までおよそ150公演、タイムテーブルから聴きたいライヴを選んでハシゴしていく――これは、クラシック音楽業界の常識をひっくりかえすような発想なのである。
今年の「サクル・リュス(ロシアの祭典)」(4/27~5/5)も成功裡に終幕したが、よく晴れた最終日にはじめて遊びにきてくれた家族や友人たちが、 「なんてあたたかい雰囲気なの、街中が、音楽でいっぱいで」 とはしゃいでくれたことがなによりうれしかった。 クラシック・ソムリエとしての仕事でも、すばらしい出会いがたくさんあった。
みんなの感動ポイントがまた、新鮮だった。 もちろん、最高の盛り上がりを見せたラストコンサートの音楽や、指揮者とソリストのハグ、5000人のスタンディング・オベーションなどはいうまでもない。でもたとえばまず、駅のコンコースからさっそく演奏があることだったり、仲通りの街灯にブーケがつるされていることだったり、広場の屋台でロシア料理やガレットやシードルが楽しめることだったり、会場ひとつひとつ「リュス」にちなんだ名前がついていることだったり、前の公演が長引いて遅れてくる人を待つ「遅延」があったりすること――そうした“心意気”ひとつひとつに感動してくれる人の存在は、いつだって、わたしが書くことの根底にある。
『フランス的クラシック生活』(PHP新書)などを読んでくださった方には周知の事実だけれど、わたしにとってこのフェス――そしてフェスの生みの親ルネ・マルタンに出会ったことこそが、音楽ライターとしての第一歩だった。
たったひとりの人物との出会いが、人生を変えてしまうことってある。 もしも2005年のラ・フォル・ジュルネに客として足を運ばなかったら、ルネにその“精神”を教わらなかったら、わたしはいまもたんなるOLだったかもしれないし、よくても業界御用達売文業者で終わっていただろう。
ルネの精神とは、こういうものだ。 「音楽を、すべての人と分かち合いたい(partager)」 シンプルだけれど、すごくフランス的だとおもう。 歴史オタク(兼ベルばらファン)としては、すぐにあの言葉が浮かぶ。 「自由、平等、友愛」 この「友愛」の部分が、ルネのいうpartagerにはたっぷりつまっている。
「たとえばU2のコンサートに3万人が熱狂するのに、モーツァルトにできないはずがないだろう? 音楽が本当に好きな人は、ジャンルが違っても一流のものをわかってくれる。だからこそ僕はpartagerするんだ」
そういうルネを、わたしは心から敬愛している。
音楽は、ただ音楽だけで存在すればいいというひともいる。
クラシックに敷居(クラス=階級を示すものとしての)があるのは当然というひともいる。 気持ちはわかるけれど音楽――というかアートって、衣食住とか、ともに楽しむ仲間があってこそのものだとわたしはおもう。 いわゆる“アール・ドゥ・ヴィーヴル”。 いい音楽とおいしいシャンパンがあって、愛するひととおしゃべりをして、はじめてその夜が完成するみたいな感覚。 だって、そのほうが気持ちいいじゃない? 最初の質問にもつながるけれど、けっきょくアートって「もっともっと気持ちよく暮らす」ことを目指しているんじゃないかな?
コンサートに決まりごとがあるのは、みんなで心ゆくまで音に浸って気持ちよくなりたいから。 ひとり静かに聴いたバッハのことをわざわざひとに伝える仕事をしているのは、誰かとシェアして気持ちよくなりたいから。 有史以来ひとが歌いつづけるのは、やっぱり気持ちよくなりたいから――。フランス人ってそういうところは潔い。
2013年のラ・フォル・ジュルネは、テーマが9年目にしてはじめて故国「フランス」をテーマにとりあげる。 花園magazineでは1年をかけて、アール・ドゥ・ヴィーヴルの国の音楽を取り上げていきたい。 イメージは「パリ音楽散歩」。もちろん、名所旧跡めぐりでは決してない。 パリの中心にあるノートルダム寺院(中世の音楽)からパレ・ロワイヤル(ヴェルサイユの音楽)をめぐってオペラ座(グランド・オペラと社交界の音楽)へ。そしていよいよモンマルトル(ドビュッシーやラヴェルの音楽)をねり歩き、クライマックスはシャンゼリゼ通り(20世紀、コクトーやサティやLes Sixの音楽)――といったぐあいのタイムトラベルだ。
物語や登場人物の紹介のほかにも、すぐ手に入るCDレビューや動画、ファッションや暮らしのアイディア満載で綴っていくつもり。 すこしでも多くのひとに、このすばらしい5月の祭典を楽しんでもらえますように――合言葉は、Paris, Je t’aime!
- 作者: ルネ・マルタン,高野麻衣
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(「花園magazine」初出)