Memories & Discoveries 21/10「F ショパンとリスト」

リーディングシング『F ショパンとリスト』が幕を下ろした。

脚本第1作となった、ショパンとリストの物語(ブロマンス)。ショパン・コンクールが開催された今年、わたしもまた、彼らのことばかり考えて生きてきた。

19世紀半ばのパリで活躍した二人の天才。その出会いと別れに秘められた真実とは、いったいなんだったのか。

2015年、ある楽曲に出会ってから、わたしはその謎をずっと考え続けてきた。考えながら、あちらこちらで二人の物語を語っていたら、プロデューサーY氏に「リーディングシング」の脚本を依頼していただいた。

リーディングシングとは、Reading(朗読)とSing(歌)を軸にした「歌のある朗読劇」である。ショパン役に伊東健人さん、リスト役に石谷春貴さんという最高のキャスティングで、お二人にオリジナルの劇中歌まで歌っていただけるという。

劇中のピアノを、松村湧太さんの演奏でお届けできると決まったときも嬉しかった。生のグルーヴ感が、戦う男たちのステージには必須だと思っていたからだ。熱いエモーションを感じて、わたしたちと同じように悩み、政治に翻弄されるアーティストたちの素顔を知ってほしかった。

アーカイブ配信が終わってしまって、わたしもまた、行き場のない感情に囚われている。せめてもと流し続けている彼らの音楽を、おなじように舞台を愛してくださった皆様と分かち合いたい。

この1年、繰り返し聴きつづけた2人の名曲を、創作の裏話を交えながらご紹介したいと思う。

1) ショパン:12の練習曲 作品10 第1番 (10/26放送分)

その男は、単なるピアノの名手ではない。天才、ピアノの詩人――そんな賛辞で片づけられる存在ではない。それらすべてであり、そのすべてをはるかに超えている人。

――その男の名は、ショパン。

オープニングテーマ。ショパンのエチュードは全27曲。この曲を含む「12の練習曲 作品10」を、ショパンはリストに献呈している。超絶技巧で有名なリストだが、このエチュードだけは初見で弾きこなせず、引きこもって特訓してから披露したという。かわいい。(※史実)

執筆にあたってはリスト著『ショパン』のほか、膨大なショパンの書簡や日記、リストやマリーの手記を参照した。その際、最初に使おうと思ったのがショパンの「私はリストの弾く自分の曲がいちばん好きだ」という言葉。そんな相手だからこそ、「別れの曲」も「革命」も、自分のすべてがつまった作品10を捧げたのかもしれない。まさにサウンドトラックにふさわしいではないか。

ちなみに「12の練習曲 作品28」は、リストのパートナーであるマリーに捧げられている(手紙の場面で触れている「新作のエチュード」のこと)。

2) シューベルト(リスト編曲):「白鳥の歌」より セレナード

その男と目が合ったのは、偶然のことだった。視線が合って、すぐそらされる。巻き毛がよく似合う、青い瞳の青年だった。

二人の出会いをパリの下町のカフェに設定したとき、ふと頭に浮かんだ曲。1829年、シューベルトの死後に出版された歌曲集の1曲だ。

リストによるピアノ編曲版を準備してくれたのは、ピアノの松村“王子”。リストは語った「夢」のとおり、あまたの名曲を「ピアノ1台で――この10本の指で」ヨーロッパ中に伝えた。現代なら絶対YouTuber。

3) ショパン:12の練習曲 作品10 第3番「別れの曲」

ヒラー、わが友。元気にしてるか? パリでのデビューから、一年半が経とうとしてる。

言わずと知れた名曲。ただし「別れの曲」は、ショパンがつけたタイトルではない(彼は「音は絶対」の人)。

ここで二人が仲良くケンカしているヒラーへの手紙も、実在の書簡のアレンジ。もちろん合鍵も史実。リストはいわば子役上がりの芸能人のようなもので、友だちは多いけど、ショパン以外の誰にも心を開いてはいなかったのではないかと推察している。

4) ショパン:12の練習曲 作品10 第4 番

このエチュードを、おまえに捧げる。俺たちの友情の記念に。おまえが弾く俺の曲が、俺は一番好きだ。

「12の練習曲 作品10」の中でも技巧的な曲、というセレクト。ナレーションが入るタイミングについて、「しばらく聴いてあげてから語りたい」とおっしゃった伊東さんに、限りない信頼を感じた。ショパン……

5) ショパン:スケルツォ 第1番 (10/27放送分)

弾薬は心に秘めて、病者を装え。ただ運搬物の中身は、誰にも知られるな。

カットされた曲だが、あえて掲載。第3場でショパンが語る、ウィーンで過ごした孤独なクリスマスに作曲された曲。激しい冒頭部のあと、中間部(3:27くらい)にコレンダの旋律が登場するのが、果てしなくせつない。

スケルツォは、イタリア語で「冗談」という意味だが、「冗談でこれなら、おまえの真面目ってどうなるんだ?」ともう一人の音楽仲間シューマンにツッコまれている。ロマン派の作曲家はみんな同世代でかわいい。(※史実)

6) リスト:ラ・カンパネラ

その繊細な指先が音を奏ではじめると、ざわめきは静まり、神々しい空気が周囲を満たした。ピアノから流れ出す響きの洪水に、人びとはただ、圧倒されていた。

魔術師リストの代名詞的名曲。松村さんのピアノは「鐘」の音を強調し、リストの硬質でほのかな狂気を見事に演出してくれた。その後に続く石谷さんの、リストが憑依したような歌唱も忘れられない。

7) リスト:「巡礼の年 第1年:スイス」より 郷愁

パリに戻ると落ちつく。おまえとの日々を思い出すことができるから。

『巡礼の年』は、「第1年:スイス」「第2年:イタリア」「ヴェネツィアとナポリ(第2年補遺)」「第3年」の4集からなるピアノ曲集。リストが訪れた土地の印象や経験、目にしたものを書きとめたアルバムである。

ここでは、変化していく二人の関係性と、リストの複雑な心境をこの曲に託した。個人的に、中間部(1:26くらい)にコレンダみたいなフレーズが出てくるのが熱いな、と思っている。(※妄想)

8) ショパン:12の練習曲 作品10 第12番「革命

俺は生きねばならない。生きねばならないんだ。

クライマックス。また、第5場(ショパンの悪夢)後半も、この曲が生まれたシュトゥットガルトでの手記を基にして創作した。

稽古場で、この曲を練習する松村さんの後ろ姿をずっと凝視していた伊東さんの横顔が忘れられない。あの息を飲むような熱演は確実に、音楽との共鳴が生み出したのだと思う。

9) おやすみ、イエス様(コレンダ)

なあ、フランツ。問い続けることをやめるなよ。

ポーランドのクリスマス・キャロル、コレンダ(koleda)の代表曲。第3場で登場し、要所で2度リフレインする二人の思い出の曲だ。

去年の待降節に、取材のため通ったポーランドのクリスマス講座で教えてもらったもの。この美しい子守歌(Lulajza Jezuniu)とオプワテク(oplatek)は、ショパンが愛したポーランドそのものだと感じた。教会では歌われない、民衆たちの歌だという。

ポーランドのクリスマスの写真を見ながら、ドゥトカ先生が「わたしが子どもの頃はやってなかった。社会主義だったから」と何度も言うのがずしんと残った。こんなにすばらしい文化を、かつて奪われた人びとの悲哀。それは遠い話ではない。

10) リスト:コンソレーション(慰め)第3番 (10/28放送分)

この本は、俺自身が救われるために、書かずにはいられなかった手記なのだから。
その証として、この本を名づけよう。――F・リストによる、F・ショパンと。

1849年10月、ショパンが39歳で死去した年に、リストが作曲した曲。二人の物語のエンディングであり、わたしの物語の起点となった曲である。

じつは、わたしは昔ショパンが少し苦手だった。リストのように夢を見据えて前進する人が好きで、そのように生きたいと思っているので、ショパンはなぜ動けないんだろう、とじれったかったのだ。

2015年、ラ・フォル・ジュルネの取材をしていたとき、フランスから来日したハープ奏者シルヴァン・ブラッセルの「コンソレーション」を聴いた。彼は「ショパンの死の翌日、リストはかつての友への思いを音楽に託しました。これはリストのラブソングなんだと思う 」と前置きし、この曲をハープで奏でた。

リストの慈愛に満ちた悲しみが、まるでモノクロームがカラーに変わるようにあざやかに浮かび上がった。彼がいとおしいのと、シルヴァンがいとおしいのと、さまざまな愛が重なりあってわたしは思った。

「ショパンには何か、動けない事情があったんじゃないか。もう一人の天才にこれほど愛された人なのだから」

そこから、物語は動き出したのだった。

(続く)

 

クラシック・プレイリスト、次回の担当は12月14日(火)から16日(木)。テーマは「香りとクラシック」です。

 

出演|Memories & Discoveries

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