言霊の力というのは大きいもの。年頭にプリンセス・イヤー宣言をしたおかげで、ここにきて数多くのプリンセス関連業務にお声かけいただくようになりました。有難いことです。愛を叫ぶことは、ほんとうに大切ですね。
そんななか劇的な「再会」を果たしたのがあの、ダイアナ妃。映画『ダイアナ』(10/18公開)を観て以来、わたしは彼女の虜です。
まず強調したいのは、わたしはダイアナにだけはほとんど関心がなかったということ。シンデレラともてはやされ、やがて泥沼の離婚劇を全世界から注視され、パリの夜パパラッチに殺された(あるいは暗殺された?)「悲劇のプリンセス」。少女ならではの潔癖さで、彼女をとりまく世界は猥雑だと感じていました。
むしろ英国王室のファンとして、敵対心すらあった。エリザベス2世女王陛下を尊敬しているし、映画『クイーン』も好き。なにより、あの上目づかいは許せない――そういう人って案外多いと思うのです。特に、1986年来日時のダイアナ・フィーバーを知らないわたしたち以降の世代には。「宮殿やドレスもきれいだし観てみるか」くらいの気持ちで臨んだので、ダイアナに感情移入しすぎて号泣して立てなくなるなんて、想像もしていませんでした!
物語はこう。1995年、ダイアナ(ナオミ・ワッツ)がチャールズ皇太子と別居して3年。公務に出かけるたびに華やかなスポットライトを浴びるダイアナだが、王子たちに自由に会うこともままならず、ひとりきりのケンジントン宮殿で孤独な日々を送っていた。ある日、親友の夫が倒れたと聞き病院へかけつけたダイアナは、心臓外科医ハスナット・カーン(ナヴィーン・アンドリュース)を紹介される。自分を特別扱いせず、いつも飾り気がなく、救命に人生を捧げるハスナット。ダイアナは強く惹かれ、前進する力を得る。
「ダイアナは戦う」。チャールズの不倫と自傷行為を明かした王室への宣戦布告は、全世界に衝撃を与えた。信頼する秘書や友人たちが離れていくなか、ハスナットはその勇気を受け止める。離婚が成立し、生まれてはじめて自分の足で人生を歩き始めるダイアナ。生き生きと人道支援活動に邁進する姿が称えられる一方で、ハスナットとの関係もまたゴシップ誌の餌食となり――。
『ダイアナ』が鮮やかに切りとるのは、ある恋を経験した彼女が、プリンセスから「人々の心の女王」へと成長していく物語です。ゴシップ根性丸出しの伝記映画ではなく、すぐれた女性映画であり、美しい恋愛映画だとわたしは捉えています。
イングランド最西端にあるランズ・エンド岬へのドライブ(『残酷な神が支配する』!)、ハスナットの故郷パキスタンへの旅。音楽も映像も美しく幻想的で、でもファンタジーやメロドラマには陥らない、品のいい、愛すべきものばかりでできていました。
冒頭はパリの夜。パパラッチの喧騒から、宮殿のようなホテルリッツの内部へとカメラが移動すると、突然鳴り響くバッハのカンタータ。ソファに無造作に置かれたレディ・ディオールのバッグ。薔薇の花や香水瓶の並ぶドレッサーに立ちつくす、ダイアナの背中。その瞬間からすでに涙があふれました。
すべてが目に焼きついています。
人々の声援の渦中から静かなケンジントン宮殿に戻った途端、マノロ・ブラニクのパンプスを脱ぎ捨て、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のCDを再生するダイアナ。あたりまえのようにグランド・ピアノを部屋に置いて、つま弾くのもうれしい驚きでした。ダイアナはバッハが好きで、病めるときも健やかなるときも音楽に寄り添う。孤独で簡素だけれど、躾ある貴族ならではの暮らしぶりが、くりかえし描写されます。
一方、ハスナットとの初デートでは手料理に奔走したり、彼の好きなジャズを勉強したり、変装して宮殿を抜け出したり――まるでハリウッド映画のティーンのよう。恋を応援し、打ちひしがれたときには支えてくれるダイアナの大親友ソニア(ジュリエット・スティーヴンソン)の存在も見逃せません。感情的なダイアナを姉のようにくだけた口調で諭し、時にそっと受け止めるソニアは、この映画にガールズ・ムーヴィの彩りまで添えてくれるのです!
ウィリアムとヘンリー、二人の王子もちらりと登場します。 とりわけウィリアムと母ダイアナの強い絆には、感銘を受けました。ウィリアムの妻となったキャサリン妃が、亡き義母をリスペクトするのも当然です。この写真にあるような白いカシミアやトレンチ、トッズのトートバッグのようなアイテムは、キャサリンでなくともすぐに真似したくなります。
なにより衝撃だったのは、彼女が姿を現しただけ、触れただけで涙する名もなき人々の姿でした。地雷で足を失った少女、盲目の男、内戦で失った家族の墓前で立ちつくしていた老婆。自分が弱い人間だと自覚していたダイアナは、弱者の気持ちによりそいつづけました。「人々の心の女王」である自分が話を聞くこと、訴えることで救われるものがあることを、知っていたからです。彼女の素顔が、そこにはありました。
でも、もしそれだけなら、清らかすぎる聖女です。 晩年のダイアナの魅力は、「心の女王としての矜持」にあったのではないでしょうか。あるいは「反逆者の矜持」。
家族を、友人を、恋人を、そして世界を懸命に愛しているからこそ、裏切られては傷つき、それでも立ち上がっていくダイアナ。周囲を喜ばせようといつだってけなげだったダイアナ。喧嘩したハスナットのために彼の部屋を大掃除した彼女が、仲直りに際して言い放ったセリフが忘れられません。
「わたしはプリンセスよ。わががままなの」
愛されるのではなく、愛し愛させる――そう、プリンセスとは闘う女の別名なのです。
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