Memories & Discoveries 21/05「怖いクラシック」

声優・早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。 5月のテーマは「怖いクラシック」。中野京子さん監修のコンピレーション・アルバムから3曲を、独自の視点でご紹介した。

中野さんといえば、大ベストセラー・シリーズ「怖い絵」。2017年の「怖い絵」展や2020年の「KING&QUEEN」展の監修でも、マニアックな英国趣味全開で美術界を盛り上げた。しかし、わたしがドイツ文学者である彼女の文章をはじめて読んだのは、クラシックにまつわる著書。美術のみならず、音楽にも造詣の深い大先輩の当然の帰結として、新著では、クラシック音楽の裏に隠された「怖さ」がフィーチャーしている。

ブックレットには、13曲の収録曲それぞれに13枚の絵画も登場。視覚と聴覚から、名曲に秘められたエピソードを楽しんでみよう。

1) ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(5/18放送分)

モーリス・ラヴェル(1875-1937)がパリ音楽院在学中の1899年に書いたピアノ曲を、のちに自らアレンジした管弦楽版。

「パヴァーヌ」とは16~17世紀初期のヨーロッパで流行した、ゆったりしたリズムの宮廷舞踏のこと。「亡き王女(Infante défunte)」と韻を踏んだフランス語の響きも詩的なタイトルどおり、翳りを帯びたもの憂げな情感とエレガンスが聴衆の心をつかむ、ラヴェルの代表曲の一つだ。

一説によると、この曲はラヴェルがルーブル美術館で出会ったベラスケスの絵画が元になっている。

フランス王家に贈られ、やがてルーヴルの壁を飾ったこの絵画の主は、スペイン王女マルガリータ。宮廷画家ベラスケス(工房)がくり返し描いた彼女の肖像画の一点だ。

じつはマルガリータは、血族結婚のくり返しの果て虚弱に生まれ、叔父のもとへ嫁がされ、お産の床で若くして亡くなった。そんな来歴を知ると、音楽の彼方で美しいゴーストが踊っているような気持になる。

今はもう想像するしかできないある女性の一生を、薄衣をまとったように儚げなオーケストレーションが包みこむ--。晩年、街で偶然耳にしたこの曲に「なんて美しいメロディだ。誰が作ったのだろう」と呟いたという、老ラヴェルのやさしさを思う。

2) ビゼー:歌劇「カルメン」より 闘牛士の歌(5/19放送分)

ご存知、ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)の《カルメン》は、オペラのなかでもとくに人気の高い作品だ。

舞台は19世紀、スペインのセビリア。堅物の伍長ドン・ホセと自由奔放なジプシー女カルメンの恋の果て惨劇(いわばストーカー殺人)を描くサイコサスペンスだが、その物語の重要なトリガーとなるのが、闘牛士エスカミーリョ。カルメンは彼とほんとうの恋におち、軍や婚約者を捨て彼女のもとに走ったホセと別れる決断をする。

ゴヤのエッチング(冒頭)を見ていると、人気闘牛士に対するスペイン人の憧れと熱狂ぶりが伝わってくる。ビゼーはフランス人だが、ファンを引き連れて酒場に現れたエスカミーリョが称賛に応えて歌う「闘牛士の歌」を、バリトンの色気たっぷりの華やかなアリアとして描いた。

闘牛士よ、構えるのだ
よく考えろ 戦いながら考えろ
黒い瞳がお前を見ている 愛がおまえを待っている
闘牛士よ、愛が、愛がおまえを待っている!

闘牛の様子を語って聞かせ、サビでカルメンを口説くエスカミーリョ。個人的に、ホセの自己保身じみた優柔不断さが大嫌いなので、王気に満ちたエスカミーリョが出てきただけでときめく。

しかし、第4幕でこの曲がリフレインするとき、物語は恐ろしい結末を迎える。エスカミーリョとともに人々の歓声を浴び、恋人を闘技場に送り出したカルメンは、待ち伏せていたホセと一人対峙し「死んでもあんたの言いなりにはならない」と告げる。そして、雄牛を討ち果たしたエスカミーリョへの称賛のアリアが繰り返される中、愛に狂った男の刃に斃れるのだ。

勇壮な名アリアが密かに予言していた、終幕の惨劇。闘牛士と雄牛のように、愛とは生死をかけた真剣勝負だ。

3) プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より 私のお父さん(5/20放送分)

ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)の「三部作」とされる《外套》《修道女アンジェリカ》《ジャンニ・スキッキ》はいずれも1幕もののオペラ。3作まとめて1夜で上演するという構想で作曲され、1918年に初演されたが、現在ではバラバラに上演されることが多い。

《ジャンニ・スキッキ》は、大富豪の死からはじまるサスペンス・コメディ。遺産を目当てに集まった親族一同が「全財産を教会に寄付する」と書かれた遺言状を発見し慌てふためくところへ、知恵者ジャンニ・スキッキが大富豪に変装しひと芝居打ち、挙句見事な機転で遺産をがっぽり手にする。「私のお父さん」は、そんなジャンニの娘ラウレッタが、恋人との結婚を許してくれるよう父に懇願する人気アリアだ。

大好きなお父さん
彼が好きなの 彼はとても素敵なの
もし彼への恋が叶わなかったら
ポンテ・ヴェッキオの橋の上からアルノ川に身を投げたい

私悩んでる 苦しんでるの
ねえ、本当に 死んでしまいたい
お父さん、どうか、お願いだから認めて

美しきフィレンツェが舞台でも、乙女の恋は命がけ。世界中の娘を持つ父親に捧げたい「怖いクラシック」である。

 

クラシック・プレイリスト、次回の担当は7月6日(火)から8日(木)。テーマは「花とクラシック」です。

毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoでもお聴きいただけますので、どうぞお楽しみに。

出演|Memories & Discoveries

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