Memories & Discoveries 20/11「クリスマスの音楽」

きょうは待降節(Advent)第一主日。 クリスマスの準備をはじめる日だ。

教会では11月30日の「聖アンデレの日」に一番近い日曜日から、一週間に一本ずつ、蝋燭に火をともしていく。

1週目はやさしい心を持つことができるように。 2週目は丈夫な心を持つことができるように。 3週目は忍耐強い心を持つことができるように。 4週目はお祈りする心ができるように。祈りながら、火をともす。

そんなアドベントの季節に、クリスマスの音楽の歴史もひもといてみましょう、というのが今週のテーマ。おなじみのクラシック音楽やキャロル、戦時中の人びとに愛されたポピュラーソングを聴きながら、クリスマスの本質にせまってみよう。

 

1) チャイコフスキー:バレエ『くるみ割り人形』より「序曲」(11/24放送分)

ホリデーシーズンに必ず聴きたくなる、チャイコフスキーの傑作バレエ音楽。定番だが、初日はやはりこのワクワクを詰め込んだ序曲をお聴きいただきたいと思い、迷わず選曲した。

バレエの原作は、ドイツの作家ホフマンの童話『くるみ割り人形とねずみの王様』。

クリスマスイブの夜、にぎやかな踊りが披露されるパーティで、少女クララは人形使いからくるみ割り人形をプレゼントされる。やがて12時の鐘が鳴ると、クララはなぜか人形と同じ小さなサイズに縮んでしまい、そこへねずみの大群が押し寄せてきたから、さあ大変。おもちゃの兵隊を指揮してねずみと戦う、くるみ割り人形とクララたち。勝利を収めるとくるみ割り人形は王子様に変身し、雪が舞う中、クララをお菓子の国へ連れていく――シンプルな夢物語だが、クリスマスという舞台やバレエの振り付けの見事さはもちろん、ヒットメドレーのようなチャイコフスキーの音楽の楽しさで、観る者を飽きさせない。

日本の年末の風物詩がベートーヴェンの「第九」であるように、アメリカやイギリスの人びとにとってはこの「くるみ割り人形」が季節を感じさせる音楽であり、バレエなのだという。私の定番は英国ロイヤル・バレエの公演。いまはストリーミング配信で気軽に現地の雰囲気を味わうことができるので、ぜひご自宅で体験してみてほしい。

https://liveviewing.jp/contents/nutcracker/

本日の演奏は、1981年ベネズエラ生まれの大スター、グスターヴォ・ドゥダメルの指揮。エル・システマの音楽教育から世界的指揮者へと駆け上り、2018年のディズニー映画『くるみ割り人形と秘密の王国』のサウンドトラックでも活躍したドゥダメルが、ロサンゼルス・フィルハーモニックとの息の合ったコンビで魅せる、名曲の新たな息吹に注目してほしい。

2) メンデルスゾーン:あめにはさかえ(11/25放送分)

「あめにはさかえ(Hark! The Herald Angels Sing)」は、讃美歌98番として日本でも広く知られている。しかし、この曲がドイツ・ロマン派の作曲家フェリックス・メンデルスゾーンによるものだということは、あまり知られていないのではないだろうか。

この曲は、もともと讃美歌のために書かれた曲ではなく、メンデルスゾーンが1840年に作曲したカンタータの中の1曲だった。1857年、これを讃美歌用に編曲したのが、イギリス・デヴォン州で生まれの声楽家ウィリアム・カミングスという人物だ。

メンデルスゾーンは1847年、38歳の若さで急逝するのだが、この最晩年に大作オラトリオ『エリヤ』をデヴォン州のホールで自身の指揮により演奏した。このとき少年合唱団の一人として演奏に加わっていたのが、まだ10代半ばだったカミングス。カミングスはのちに15年にわたりRoyal Academy of Musicの声楽教授を務めたり、英国バロックを代表する作曲家ヘンリー・パーセルをリヴァイヴァルしたりと、19世紀英国音楽界の重鎮となるのだが、そんな彼にとって、少年時代のメンデルスゾーンとの出会いは誇りだったのかもしれない。

じつは、カミングスが活躍した19世紀英国で生まれたのが、現代につづくクリスマスのイメージだった。

大きなクリスマスツリーと、その周りに置かれたたくさんのプレゼント、テーブルの上のお菓子やごちそう、クリスマスカードなどのクリスマスの光景、これはイギリスの古い伝統というわけではなく、19世紀、ヴィクトリア朝時代に完成したものなのだ。

よく言われる伝説が「ヴィクトリア女王によるクリスマスツリー導入説」である。ドイツ生まれのアルバート王子と結婚した彼女が、夫が幼少期を過ごしたドイツの伝統的なクリスマスツリーを取り入れ、国民の模範となるべき「理想の家族のイメージづくり」に取り入れたというもの。事実は異なるようだが、この時代にクリスマスの行事が「家族愛」と結びつき、しだいに国民にも広まっていったというのはありうる話だ。

そしてこの時代、産業革命によって中流以上の家にはピアノがおかれるようになっていた。クリスマスの日にはみんなでピアノのまわりに集まり、キャロルを歌う――こうした光景も19世紀に生まれたものだろう。「あめにはさかえ」も、おそらくそうした流行の中でスタンダードナンバーになっていったのではないだろうか。

本日の演奏は、私のお気に入りであるケンブリッジ・キングス・カレッジ聖歌隊の2018年の名盤からご紹介する。キャロルは教会などでみんなで歌うのも楽しいし、その響きを味わうのもいいものだ。ライブの響きを、味わってみてほしい。

3) ウォーロック:ベツレヘム・ダウン(11/26放送分)

「ベツレヘム・ダウン(Bethlehem Down)」は、イギリスの作曲家ピーター・ウォーロックによる作品だ。

ウォーロックは、本名をフィリップ・アーノルド・ヘゼルタインといい、本業は音楽評論家だった。独学で作曲を学び、ウォーロックというペンネームで、英国らしいどこか陰りのある歌曲を発表していた。1927年、33歳のとき、デイリーテレグラフ紙恒例のクリスマス・キャロル・コンテストで見事に賞を獲得したのが、この「ベツレヘム・ダウン」である。

クリスマス・キャロル・コンテストというのは、きのうお話した19世紀英国で完成したクリスマス--ある種の商業的クリスマスの象徴だと、私は思う。もともとイギリスの古い習慣で、家から家を回り、歌をうたって食物を分けてもらうチャリティーの習慣から生まれたクリスマス・キャロルだったが、この時代、新しい歌や形式が生み出されていった。

6月にご紹介した「コヴェントリー・キャロル」を、みなさんは覚えていらっしゃるだろうか?

英国ロックの大御所スティングの、クラシックへの取り組みとしてご紹介したイギリス古謡だ。スティングはロックなので商業的クリスマスについては懐疑的なのだが、さまざまな時代の作曲家たちのインスピレーションを掻き立てるキャロルの伝統には、深い敬意を払っているという。ウォーロックについても、こんなふうに語っています。

ウォーロックの人生は複雑なものだった。第一次世界大戦では良心的兵役拒否を貫いたものの、アルコール依存とうつ病に苦しみ、オカルトにものめり込んだ彼は36歳の時ガス中毒でなくなった。そういった彼の人生のように、クリスマスの物語はみな暗い側面を持っている。

スティングが歌うクリスマスキャロルは、どれも複雑な美しさと、内省的な雰囲気を持っている。本日の「ベツレヘム・ダウン」もそんな1曲だ。

「この子が王になった時、王たる者への贈り物をいたしましょう」と幼子イエスをあやすマリアの言葉ではじまる「ベツレヘム・ダウン」だが、3番の歌詞だけは、イエスの未来を予言するように切ない内容になっている。

彼が王となった時、人々は彼に死者の衣を着せるだろう
死者を腐らせぬミルラを塗り、そして茨の冠を被せるだろう

ここで、少し暗く切ない歌声になるところがポイント。それでも希望で締めくくるように紡がれる、スティングの”音楽のストーリーテリング”をぜひ味わってほしい。

4) メリー・リトル・クリスマス(11/27放送分)

「メリー・リトル・クリスマス(Have Yourself a Merry Little Christmas)」は、1944年のミュージカル映画『若草の頃』のなかでジュディ・ガーランドが歌い、クリスマスソングの定番として今なお歌い継がれている名曲だ。

※つづきは12月12日開催のオンライン講座「クリスマスの音楽」でお話します。お気軽にご参加ください。

12月12日(土) 19:30-21:00 朝カルオンライン
お申し込みは>>
https://www.asahiculture.jp/course/shinjuku/87ac5f0e-b185-2f9e-1c04-5f86a526fa5b

ムジカサローネ Parte4「クリスマスの音楽」

 

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