アンコール・ワットの夜明け。
ハワイの天の川や、モン・サン・ミッシェルの幻想的な夜空。
そしてニューヨークの夜の、きらびやかな街並み。
旅先で目にする夜と星の記憶を、土産品のスノードーム(英名: Snow Globe)のように凝縮し、追体験していくプラネタリウム作品が公開中だ。夏季休暇がはじまる金曜の午後、旅への憧れに掻き立てられて有楽町へ向かった。
梶裕貴による、プラネタリウム版アナザースカイ
変わらない日常から、まばゆい青空へ。旅の冒頭は、王道のハワイだ。
病めるときも健やかなるときも不思議な力を与えてくれる島で、大自然をめぐり、日没とともにチルアウトする--贅沢に表現される、ゆったりした時間の流れに癒される。
「目を閉じてください。3、2、1……」というナレーションに素直に応じると、開けた瞬間降り注ぐような一面の星空。日本とは表情が違うハワイの天の川もまた、これぞ旅の思い出と言いたくなるほど見事だった。
ナレーションは声優・梶裕貴。本作は『梶100!~梶裕貴がやりたい100のこと~』(日テレプラス)とのコラボレーション企画で、「プラネタリウム作品を作りたい」という夢を持っていた彼の初プロデュース作品でもある。
旅や世界遺産が好きで、これまで20カ国を訪れたという梶。プラネタリウムの企画・原案が実現することになって「自分らしさってなんだろう?」と考えた結果、“世界の星空旅行”というテーマが浮かんだという。旅先でのエピソードもじつは彼自身によるもので、星空だけでなく、旅そのものへの愛を感じられる。
印象的な旅のひとつが、2016年、梶がはじめての“ひとり海外旅行”で訪れたというカンボジア。登場するカンボジアの風景は、本作のための撮りおろしだ。
「アンコールワット遺跡で朝日を見ること」が目的だったという梶の旅を追体験するように、遺跡に入り込み、空を見上げる映像の臨場感。夕暮れから夜へ、夜から朝へと、刻一刻と表情を変えていく空の表現――とりわけ、凛とした夜明けの遺跡は感動的だった。
そしてクライマックスは、フランス、モン・サン・ミッシェルの幻想的な街並みと夜空だ。
2017年の作品『フランス 星めぐりの旅』でも感動的だった夜のモン・サン・ミッシェル。
遠景の荘厳さと、内部の人懐こさ。ラ・メール・プーラールのオムレツ。今回は「サン・ローランの涙 (larmes de saint Laurent)」という、美しいフランス語を知ることもできた。
「サン・ローランの涙」とは、ちょうど今この時期に夜空を彩るペルセウス座流星群の別名。聖人暦で8月10日の守護聖人である聖ラウレンティウス(聖ローラン)にちなみ、降り注ぐ流星群を、壮絶な殉教を果たした聖人の涙になぞらえている。
満天の星空の下、圧倒的な存在感を持って私たちを包み込んだ音楽も忘れられない。グレゴリオ聖歌のように荘厳な音楽と暗闇が、心を解きほぐしていく--。涙をボロボロこぼしながら、この瞬間のためにプラネタリウムに通うのだ、と思った。
プラネタリウム作品にとって、音楽は魂のようなものだ。作曲を担当した林ゆうきは、元体操選手という異色の経歴を持つ劇伴作家。『ハイキュー!!』など多くの作品をともにしてきた梶が、直接オファーしたという。「梶さんの声の質感や間にあわせて描いた」と語る林の音楽はあたたかく、やさしく声に寄り添う。
そして、フィナーレを飾るのはニューヨークの夜景。
タイムズスクエアに星なんかない、と思われるかもしれない。けれど本当は、賑やかにきらめいている”目に見えない星”がある――こういうストーリーテリングも素晴らしい。摩天楼の上空で、ご機嫌にスウィングする星座たちを見られるのは、まさにプラネタリウムだけだろう。
旅は、人生に絶対欠かせないものだ。見慣れない星々や月の下にいるというだけで、心はほぐれていく。
空港に降り立った瞬間に感じる新しい風、突然の雨、出会いやエネルギー。
旅に思いを馳せるだけで蘇ってくる、震えるような情動。
それらを愛しつづけ、言葉や作品にしたいと、あらめて誓うような40分だった。
音楽と声が誘う“世界の星空旅行”で、しばしのトリップを体験しよう。
いつかまた自由に世界を行き来できる、その日まで。
『Starry Grobe 世界をめぐる星の旅』は、コニカミノルタ プラネタリアTOKYOにて上映中。
https://planetarium.konicaminolta.jp/planetariatokyo/
(25ans 2020年9月号より、加筆修正)
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