京都より横浜へ、いよいよ「ホイッスラー展」がやってきた。
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834-1903)は、ちょうどヴィクトリア女王の治世とともに生きたクロス・チャンネル(英仏海峡を往復)の画家だ。
アメリカに生まれ、パリで学び、19世紀末のロンドンやパリで「唯美主義」のリーダー的存在として活躍したダンディ。
色彩と形のハーモニーに至上の美を見出し、音楽を連想させるタイトルを自らの作品につけた彼を、わたしはウォルター・ペイターのこの言葉とともに知った――「あらゆる芸術は音楽の状態にあこがれる」。
内覧会に到着すると、さっそく本人のお出迎え。整ったひげとさりげなく落ちた前髪、気取った表情にダンディの片鱗。「ごきげんよう」と声をかけたくなる。
大好きな『ライム・リジスの小さなバラ』も(中央)。ライム・リジスの市長の娘、その名もロージー。印象派などではお目にかからないベラスケスのような色味と、不機嫌なお嬢さんの表情が魅力的。
周囲には、これもお気に入りの『アナベル・リー』や『灰色と黒のアレンジメント』が広がる。
《灰色と黒のアレンジメント No.2:トーマス・カーライルの肖像》 1872-73年 グラスゴー美術館 © CSG CIC Glasgow Museums Collection
柔和だが悲しげな表情のカーライルは、スコットランドの歴史家にして批評家。ホイッスラーの母親の肖像画に感動し同じようにと依頼したそうで、構図も雰囲気も驚くほど似ている。まさにアレンジメント(編曲)。
音声ガイドからはヨハン・セバスティアン・バッハのソナタ第2番。壁紙の色もリズミカルで、たよたうような気分になる。
おもしろかったのが映像展示『青と金のハーモニー: ピーコック・ルーム』。ホイッスラーが手掛けた室内装飾だ。
富豪レイランドのロンドンのタウンハウスを任されたホイッスラーは、依頼主の留守中に書斎のデザインを勝手に変更してしまう
。完成したのは陽の光によって色合いを変えるピーコック・ブルーとゴールドの、きわめて耽美な空間。当然レイランドは大激怒し、ふたりは絶交した。しかしその後もレイランドは、このまま部屋を使いつづけたという。なんともダンディな、ツンデレエピソードがいとおしい。
念願の「ホワイト・ガール」たちにも会えた。ショパンのバラードに合わせて紡がれる、白のシンフォニー。
白眉は『ノクターン: 青と金――オールド・バターシー・ブリッジ』。
目前にした青は、印刷とはまったく違っていた。儚い青の濃淡を眺めながら、ショパンのノクターンが耳に流れ込んできたときの感動と言ったら。「物語」ではない圧倒的な「美しさ」に涙すること。
それはまさに、音楽とおなじ感覚だった。
絵を描くとき、また絵を観るとき、なににこだわるのか。ともするとわたしたちは「物語」にこだわりすぎる(これは音楽を聴くときにもままある)。
反対に、ただ美しくて涙が出るという経験は誰しもあるはずで、ホイッスラーが――そして唯美主義者たちが目指したのはそこなのである。
絵画や音楽というのは、便宜上の区分けでしかない。
音楽が音の詩であるように、絵画は視覚の詩である。
そして、主題は音や色彩のハーモニーとは何のかかわりもないのである。
ホイッスラーのアトリエの壁に浮かんでいる蝶は、ホイッスラーが日本の家紋をヒントにイニシャル「JW」を図案化したもの。
ミュージアムショップには、横浜元町の老舗・近沢レース店から「JW」をレースパターンにあしらった、可憐で上品なハンカチなどが並ぶ。ダンディなヒゲシリーズもオススメ。
また今週末には、音楽的画家の展覧会にふさわしく、国際音楽祭NIPPONと横浜美術館のコラボレーションによる、グランドギャラリーでのコンサートも開催される。
わたしは芸術監督を務めるヴァイオリニスト諏訪内晶子さんのインタビューのほか、このふたつをより深く楽しめる13日のツアーの引率を担当予定。
※数名様の追加が可能とのこと、当日までお気軽にお問い合わせください。