世界平和を守りながらも歴史の闇に葬り去られた、影のヒーロー。
こういう設定は、昔から映画やマンガ、ファンタジー小説の世界なんかではおなじみのもので、いまさら目新しくもなんともない。でもそれが、私たちも生きた20世紀の、ノルマンディー上陸作戦や連合国軍の勝利を支えつつ社会に見捨てられた実在の人物の話だったとしたら――それはなんと驚きに満ちた、切ない人生だろう!
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』を観て強烈に残ったのは、そんな「歴史の闇」への畏怖だった(2/26)。
ヒーローの名は、天才数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)。
彼のキャラクターはしかし、一般的なヒーローとはほど遠い。自信家でミステリアスでとてつもなく明晰な頭脳をもつ一方、天才ゆえの孤独と、長年の誤解や偏見から身を守るすべとしての壮絶な口の悪さを兼ね備えた(ベネディクトの出世作『SHERLOCK』のセリフを借りれば)「高機能社会不適合者」。その上、パブリックスクール時代の親友との悲しい過去と秘密を抱えている。
1939年、英国がヒトラー率いるドイツに宣戦布告。第二次世界大戦が幕を開け、英国軍はドイツ軍の誇る難攻不落の暗号「エニグマ」に挑むことになる。英国海軍、そして機密情報部MI6のミンギス(マーク・ストロング)は、チェスの英国チャンピオン、アレグザンダー(マシュー・グード)をリーダーに各ジャンルの天才集めた解読チームを結成。チューリングはその一員となる。
しかし、彼にとっての暗号解読は最上のゲーム。単独行動でチームの和を乱し、分析のためのマシンの製作費を却下されれば首相チャーチルに直訴、責任者になったあげく同僚をクビにするなどやりたい放題である。当然、遅々として進まない解読への苛立ちはチューリングへとぶつけられる。そこに現れたのがジョーン(キーラ・ナイトレイ)だった。
このジョーンがすばらしい。
1940年代、働く女性といっても男のサポート役でしかない時代の紅一点。彼女はそんな状況にあらがわず、かといって降伏もせず、絶妙なさじ加減で立ち回る。そして結果的に、チューリングと仲間の溝を埋め、エニグマ解読を後押しする。ジョーンがいなかったら、チューリングも英国も救われなかっただろう。
ジョーンの影響で仲間に歩み寄るチューリング(あのリンゴのお土産のかわいいこと!)。そんな彼を受け入れる男気あふれる仲間たち。そして、チームが勝ち取った解読の喜び――この“青春映画パート”こそが、この映画の白眉だと思う。
チームと共闘していくなかで、チューリングの「ゲーム」はいつしか「世界を救うこと」に変化している。
喜びもつかの間、チューリングが「解読した事実をドイツに悟られないため最小限の犠牲を払いながら勝利に導き、戦争終結を早める」という決断をしたのは、なによりの証拠だ。「ゲーム」なら、ただ勝ち誇ればいいところを、彼らはそうしない。戦争終結まで、予見できた死の責任を一身に背負いながら、淡々と極秘作戦を支えつづける。彼らの作戦は終戦を2年早め、140万人以上の命を救ったという。
にもかかわらず、終戦と同時に、彼らはひっそりと解散する。誰に感謝されることもなく。
あまりのことに戦慄してしまった。国家とは、歴史とは、どれほど巨大なのか。
その上チューリングには、過酷な時代背景まで待ち構えていた。映画ではチューリングの少年時代と晩年が交互にはさみこまれるのだが、晩年編でチューリングの秘密を追う刑事はまるで私たちのようだ。驚愕の事実を知りながら、なすすべもなく「葬られたヒーロー」の死を見届けるしかない。なんという無力。涙が止まらなかった。
本作でアカデミー主演男優賞にノミネートされたベネディクト・カンバーバッチもまた、演技中に号泣したそうだ。
「初めて自分をコントロールできなくなった。大きな歴史の波にのみ込まれながらも、信念を貫き通した彼の人生を伝えるのが、僕の使命だ」
2013年、英国女王エリザベス2世はチューリングに死後恩赦を与えた。英国政府が50年以上隠しつづけた真実は、こうして明るみの下にさらされた。
テロップに合わせて、キャンプファイヤーのようにはしゃぎながら機密書類を燃やすチームの姿がフラッシュバックした。
目に見えることだけが真実じゃない。そのことを、彼らは教えてくれる。