美を愛する幸福を|新国立劇場『マノン・レスコー』

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9日、新国立劇場『マノン・レスコー』が初日を迎えた。

2011年3月、新演出の初日を間近に控えドレス・リハーサルまで行われていたプロダクションは、震災のため急遽公演中止に。幻の公演になるはずだった。

しかし、あれから4年、演出家ジルベール・デフロをはじめ当時のスタッフとキャストが再結集。平和な春の訪れを祝うような舞台が、私たちの目の前に現れたのである。

 

設定は、原作どおりの18世紀フランス。

ルイ15世の摂政時代の軽やかさと、デフロの知性が融合したパステルの“モダン・ロココ”の舞台では、主演のヴァッシレヴァの美少女ぶりもあいまって、プッチーニのヒロイン愛をぞんぶんに堪能できる。一気に、このオペラが大好きになってしまった。

なにより、あまりにも愛らしい、ブレないマノンがいとおしくてたまらない!

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登場シーンのおぼこっぽさ(上)はもちろん、黄水仙のドレスでメヌエットを踊る二幕(冒頭写真)の、最期まで「涙でなく口づけを」と騎士を翻弄する四幕の、“ロココの女王”感たるや!

正直、相手役の騎士デ・グリューの造形はマスネの『マノン』のほうがぐっとくるのだが(なぜならストイックな男が愛に屈するのが好きだから!)、『マノン・レスコー』はプッチーニのマノン萌えによるマノン二次創作だから、もう、これはこれでいいのだと理解した。

だってあの、三幕と四幕の端折り方。「新大陸でも問題をおこし追われる身となったふたり」という説明すらすっぽりぬけて、ただただ、嘆きのマノンだけが延々と描かれる。これって、「描きたいシチュエーションだけを描く」という二次創作の命題そのものである。プッチーニはただ、「小悪魔に裏切られた後、愛される」「小悪魔に最期の時まで求められ、この腕で看取る」というシチュエーションこそが描きたかったに違いない。

 

プッチーニのヒロインというのは類型的で、「男のドリー夢か!」とツッコミたいものばかりなのだが、マノンは唯一といっていいほど気持ちいい女だ。たぶん、欲望や本能に忠実で、取り繕うことをしない(できない)姫気質だからだろう。対極が、か弱さ演出に余念がない『ラ・ボエーム』のミミである。

ミミの計算高さに対して、マノンの愚直さといったらない。いくらデ・グリューが好きでも、ほんとうの悪女は愛人にバレないようにうまくやるだろうに。そんなマノンを愛さずにいられない苦労性っぷりが功を奏してか、デ・グリューも、なんだかいい男に見えてくる。自分勝手なプッチーニ・テノールのなかでは唯一といっていいほど、せつない目をした見守り系なのだ。騎士だし。

写真は幕間のホワイエにて、シンガーの藁科早紀ちゃんと。マノン愛をたくさん語ったので、今度はデ・グリューについても語りたい!

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終演後、興奮気味にかけよった私に、劇場広報氏が「すばらしいでしょ!」と力強く握手してくれた。念願の初日を迎えた喜びを、スタッフの方たちや友人とともに分かちあえたことも、あの夜をすばらしく彩った。

音楽を、美しいものを愛する幸福を、すべての人が永遠に味わえますように。

祈りとともに、感謝をかみしめる。

新国立劇場 オペラ

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