「≪キャンプ≫についてのノート」をテーマにした2019年のMETガラにおける、ハリー・スタイルズ。
彼が垂れ下がったパールのイヤリングをつけていたのを覚えているだろうか。GUCCIとアレッサンドロ・ミケーレの趨勢や「ユニセックスの時代」について書き立てられたが、歴史学の徒にとってこのスタイリングは、英国から七つの海を股にかける冒険者たちの再現と呼びたくなるものだった。
真珠はもともと女だけのものではない。
とりわけコロンブスがアメリカ大陸を発見した大航海時代、真珠は海洋貿易とそこから得る富や権力の象徴となり、王侯貴族はこぞってそれらを身につけるようになった。装身具としての黄金期である。
英国王チャールズ1世。ハリー・スタイルズと同様のイヤリングをつけた王は、真珠愛好家として有名だった。
そんな、知られざる真珠の歴史を概観する展覧会が、松涛美術館で開催中だ。
真珠は、人類が最初に出会った宝石のひとつであり、古代よりその美しい光沢が人々を魅了してきた。真珠や真珠貝に初めてその価値を見出したのは古代の中東で、その痕跡はシュメール、アッシリア、ササン朝などの遺跡から発掘されている。世界最古の百科事典「プリニウスの博物誌」の中でも、全く同じ真珠が二つとないことから「無二の宝石」と呼ばれ、最も高い地位に置かれていた。
前述の大航海時代を経て、ロココ時代には優美な曲線を用いたリボン型や、自然主義的要素を取り入れた繊細な作品が作られるようになった。
《パール、エナメル、サファイア&ダイヤモンドネックレス》カルロ・ジュリアーノ 1880年頃 イギリス
そして19世紀末。1880年代、中世の手仕事の復活を目指した芸術運動であるアーツ・アンド・クラフツがイギリスで起こる。一人の職人がデザインから制作までを行うというもので、素材の価値よりデザインや細工の良さが重要視された。
この流れはアー ル・ヌ ーヴォーへと続いてゆく。美しい形状の真円やドロップ型が好まれ、長めのネックレスを複数身に着けることが、豊かさの象徴となり人気となった。本展では日本における真珠の歴史についても取り上げる。
9月22日まで開催中。
https://shoto-museum.jp/exhibitions/188pearls/
(25ans 2020年8月号 初出)※加筆予定