2月から3月――日に日に春の息吹を感じる、希望に満ちた季節。まもなく来日するマックス・リヒターを特集する。
マックス・リヒターは1966年ドイツ生まれ、英国育ちの作曲家。2002年にオーケストラとエレクトロニクスのための「メモリーハウス」でアルバム・デビュー。その後、アメリカのイラク侵攻反対のメッセージをこめたセカンド・アルバム「ブルー・ノートブック」や村上春樹の小説にインスパイアされた「ソングス・フロム・ビフォー」、バロックの名曲をリコンポーズした「25%のヴィヴァルディ」など、新作を発表するたびに大きな話題を呼び、ポスト・クラシカルのカリスマとして絶大な人気を誇っている。
初来日は2004年。その後、2016年の映画「メッセージ」での楽曲使用やラ・フォル・ジュルネ音楽祭での「25%のヴィヴァルディ」公演で日本でも知名度がぐんと上がっている。
1) ニュー・ジェネレーション(2/26放送分)
この曲は映画『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』の、いわゆるメインテーマ。生後6日でスコットランド女王に即位したメアリー・スチュワート(シアーシャ・ローナン)と、苦難の末25歳でイングランド王に即位したエリザベス1世(マーゴット・ロビー)――じつはいとこ同士でもあったふたりの女王の、宿命のライバル関係を描いた新感覚宮廷劇だ。
おもしろいのは、監督が脚本準備段階からリヒターの『25%のヴィヴァルディ』(ヴィヴァルディの「四季」を現代感覚でリメイク)を聴き続けていて、「誰もが知る古典、有名な話を斬新なアプローチで語らい直すこと」をイメージしていたというエピソード。ある意味、リヒターの音楽の映画化とも言える。
サントラは全編、リヒターが得意とする女王たちの時代、ルネサンスやバロックの音楽をモデルにしつつ描かれいるが、この「ニュー・ジェネレーション」ほど高揚させられるシーンはない。それがなぜなのか――ふたりの対決の結末や、その世継ぎがどうなったかは現在の英国国旗を見れば明らかだが、映画で感動したい方のために伏せておこう。
通常のようにメアリーのテーマ、エリザベスのテーマといった曲はなくて、このメインテーマが「ふたりのテーマ」として使用されるところが熱い。これについてリヒターは
「ふたりは互いに対立関係にあるにもかかわらず、自分の立場を理解してもらえるのは相手しかいないという、不思議な関係だった」
と語っている。つまり立場が違っても、メアリーとエリザベスは本質的におなじ「女王」として運命と闘っている。この映画、女性監督作だけあって、「女同士はドロドロして妬みあうもの」っていうステレオタイプを打破していて、すごく爽快なのだ。
注目してほしいのは、力強いリズムをたたき続けるミリタリードラム(陣太鼓)の音。兵士たちの行進のための太鼓だ。劇中ずっと流れているので、戦乱の時代を生き、人生に立ち向かうふたりの女王の鼓動に思いをはせてほしい。
2) 婚礼(2/27放送分)
昨日のメインテーマが英国バロック風だったとすれば、今日の婚礼シーンの音楽はとびきり現代風でダーク。
サントラには、実際にエリザベス女王に仕え、2018年のロイヤル・ウェディングでも使用されたトマス・タリスの合唱曲「汝らもし我を愛せば」という美しい曲も入っているが、「婚礼」と名付けられた曲はとびきりダーク。劇中でフランス王の未亡人でもあったスコットランド女王、メアリー・スチュアートが年下イケメンのダーンリー卿(ジャック・ロウデン)と再婚するシーンで流れるのだが……ご存知のとおり彼、とんだパワハラ夫になって大事件を引き起こす。そんな未来が予見されているような不穏なシーンになっている。
この曲を選んだ理由は、リヒターの幅広い作曲技法を聴いていただきたいから。
この曲は、スコットランド宮廷の男たちが黒い衣装に身を包み、メアリーの結婚を牽制するような不気味なダンスを披露するシーンに使用されるが、撮影前にリヒターがリズムだけを決めて作曲し、彼と何度も組んでいる振付家ウェイン・マクレガーがそのリズムにダンスを振り付け、その後あらたためてリヒターが作曲を完成させるという手の込んだ、バレエ音楽の作曲法が用いられているのだそう。リヒターは「ウルフ・ワークス」などのバレエでも有名。バレエ好きな方は、「ロミオとジュリエット」の「騎士たちの踊り」などを思い出すかもしれない。
聴いてほしいポイントは、威圧的な金管の音、そしてまたもや鳴り続けるミリタリードラム。楽器が描きだす暗い影や緊張感に、ジャンルを超えた芸術家たちの熱いコラボレーションを感じてほしい。
3) 『25%のヴィヴァルディ』から、「スプリング0」「スプリング1」(2/28放送分)
この曲の原題はリコンポーズド・バイ・マックス・リヒター/ヴィヴァルディ:フォーシーズンズ(つまりマックスによって再作曲された「四季」)。
2006年からスタートしたDGのリコンポーズ・シリーズの1作として発表されたが、それまでの現代作曲家が既存の音源を使い、サンプリングみたいに再構築しようとしたのに対し、リヒターは「音符単位でリメイクしてみよう」と考え、原曲の75%の素材を捨て、25%の素材をもとに新たに楽譜を書き下ろし、ヴァイオリン独奏とアンサンブルで演奏可能な「新作」を発表し、世界中に衝撃を与えた。2012年には英米版のチャートで1位、2016年には日本でも庄司さやかさんの独奏で初演されている。
この曲を選んだ理由は、もっとも有名な「春」の25%を使用しているから。シンセサイザーの音も、リヒターらしい寂寥感のある和音を奏でる。鳥のさえずりのどこを強調し、なにを描きたかったのかをじっくり味わってほしい。
4) 『ブルー・ノートブック』から「木々」(3/1放送分)
2004年にアメリカのイラク侵攻反対のメッセージをこめて制作された、セカンド・アルバム「ブルー・ノートブック」。
タイトルは、20世紀を代表する作家カフカが書き残したノートに由来します。曲のあいまにはタイプライターの音とともに、カフカやノーベル賞作家チェスワフ・ミウォシュのテキストが読み上げられ、音楽の世界へいざなう。
「木々」冒頭に読み上げられるのは第二次世界大戦を扱ったミウォシュのテキスト。
木々は、私の子供時代よりずっと高くなっていた。切り倒された後も、ずっと伸び続けていたからだ。
これをリヒターは「不条理な現実に縛られない人間の想像力、クリエイティブの素晴らしさを称えている点で、私自身の芸術的マニフェスト」だと語っています。15年たっても、その状況は変わりませんし、とても今を感じる作品だ。
作曲の経緯を知らなくても、なにかに抗い、闘い続ける人のエモーションを感じて泣きそうになる、私の最も好きなリヒター作品。クラシックはいまも生まれ続けている。そんな事実を、感じていただきたい。
TOKYO FM『Memories & Discoveries』は毎週火〜金 朝5時10分頃、JFN系列32の全国のFM局で放送中。オンデマンドでも視聴できる。
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