楽園のような5月が、今年もめぐってゆく。
半蔵門のスタジオでイタリア旅行の話をしたのは、2月の終わりのこと。あれから世界はすっかり変わり、3月半ばからはずっと、自宅で隔離生活をつづけている。
さまざまなことを考えさせられたが、最初はやはり、秋に短期留学まで考えていたイタリアの窮状がショックで、ニュースを見ては泣いてしまうような日々もあった。ロックダウンされた街で暮らす友人と「日本はふんばってね」「そっちもね」なんてメッセージで励まし合っていた。そんなとき友人が教えてくれたのが、「4月12日のイースターの日曜日に、ミラノの大聖堂でアンドレア・ボチェッリが無観客LIVEを配信する」というニュースだった。
ほんとうに、すばらしいLIVEだった。
ステンドグラスの光が落ちる大聖堂のなか、オルガン奏者とふたりきりで佇むテノール歌手。
奏でられたのは、「アヴェ・マリア」や「アメイジング・グレイス」といった祈りの音楽。
音楽は、深く傷つきながらも美しく輝くイタリアの景色とともにYouTubeで全世界同時生配信され、人々が社会から距離をとり、家で過ごす世界を一つに結んだのである。あの日の感動は、絶対に忘れない。
1) アメイジング・グレイス(5/19放送分)
イギリスの牧師ジョン・ニュートンが作詞した讃美歌。とくにアメリカで愛唱されている曲で、この日ラジオでお届けしたのは、ボチェッリがかつてセントラルパークでおこなった野外コンサートの音源だった。
この曲はじつは、復活祭LIVEのラストで歌われた。ボチェッリはこの曲を、ゆっくりと大聖堂を退出し、誰もいない広場に向かって歌った。画面には、同じように無人のパリやロンドン、ニューヨークの街も映し出された。
それまで宗教曲やイタリア語のアリアを歌っていた彼が、最後にこの曲を選んだのは、「世界はつながっている」というメッセージだったのだと思う。グレイスには「神の恵み」という意味もある。世界中で愛される歌手ならではの、熱い一体感があった。。
2) フランク:パニス・アンジェリクス(5/20放送分)
フランスの作曲家セザール・フランクによる歌曲。復活祭LIVEの冒頭、この曲の厳かなオルガンの前奏とともに美しい大聖堂のステンドグラスやミラノの街が映し出されたとき、それだけで泣いてしまったのを覚えている。
「天使のパン」とは、イエスの肉体にも通じる。自らを危険にさらしながら、最前線で働く人々へのメッセージのように感じた。
3) バッハ=グノー:アヴェ・マリア(5/21放送分)
通称「グノーのアヴェ・マリア」は1859年、フランスの作曲家シャルル・グノーがヨハン・ゼバスティアン・バッハの前奏曲 第1番を伴奏に、ラテン語の聖句「アヴェ・マリア」を歌詞に用いて完成させた声楽曲。
これもボチェッリの代表作『セイクリッド・アリアズ』からの1曲。復活祭にふさわしい、おだやかで清らかな聖母マリアへの祈りだった。
4) マスカーニ:聖なるマリアよ(5/22放送分)
お聴きいただけば絶対にわかる。この曲は、マスカーニの代表作『カヴァレリア・ルスティカーナ』の高名な間奏曲の旋律に、聖母マリアへの祈りの歌詞をつけたものだ。
『カヴァレリア・ルスティカーナ』はシチリア島が舞台のオペラ。あらすじはドロドロ不倫殺人事件だが、その事件が起こるのはじつは復活祭の日曜日。ラストのバイオレンスシーンの直前に、この美しい間奏曲が流れる。マスカーニは、オペラに先んじて作曲した間奏曲に圧倒的な自信を持っていたといわれ、ドロドロの筋書きはギャップねらいだったという説もある。
しかし単体で演奏されたとき、こんなに誰しもの心に響く美しさはない。イタリアの光と影、聖と俗の共存をよく表す曲だと言えるだろう。
4月12日の真夜中に、私は泣きながらLIVEを見つめ、イタリアと大切な人びとの無事を祈った。
その日曜日、日本では星野源の音楽をめぐって考えさせられることがあって、じつはかなり落ち込んでいた。音楽はエモーショナルだからこそ、政治や戦争、悪い状況にも結びつきやすい性格がある。
しかしMUSIC FOR HOPEは、そういうすべての憂いを洗い流すような、圧倒的な祈りの力を見せつけてくれた。
音楽を信じ、愛しつづけようと誓った夜だった。
TOKYO FM『Memories & Discoveries』は毎週火〜金 朝5時10分頃、JFN系列32の全国のFM局で放送中。オンデマンドでも視聴できる。
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