この夏、私は岐路に立っていた。
生命にかかわるような話ではないのだけれど、私生活や仕事において「ほんとうにやりたいことは何か」「漫然とつづけているものはないのか」という自問自答をしつづけた数か月だった。たとえば職業的には、やりたいことをやっているつもりだった。つづけていたものにも愛着がある。それでも、ずっと同じ場所で足踏みをしているような、「このままではいけない」という焦燥ばかりがつのった。そんな鈍痛から私を救ってくれたのが、映画『バレエボーイズ』だった。
ノルウェーの首都オスロでバレエダンサーを目指す3人の少年を描いたドキュメンタリーだ。左からシーヴェルト、トルゲール、ルーカス。3人は十代半ばの男子らしくふざけあいながらも真剣にレッスンに打ち込み、切磋琢磨していた。進路の選択を前に現実に直面し、葛藤し、それでも互いを「一生の仲間」と語る少年たち。しかしそんなある日、ルーカスだけに名門英国ロイヤル・バレエ学校からのオーディションの招待が届き、その関係性に静かな波紋を描いていく。
夢に向かって、ひたむきにつき進む。そんなことばで飾りたくもなるけれど、『バレエボーイズ』は作りごとの青春映画ではない。なにしろドキュメンタリーだから、敵愾心も動揺もぎこちない別れも、感情がありのままに映りこんでいる。日本のTVドキュメンタリーのような劇的なナレーションもなく、本人たちの生々しいインタビューのみ。カメラはいたってクールに彼らの心を覗き込み、「成功する人間とは」「才能とは」という命題を探っているようだった。
ほんとうにやりたいことは、やめろと言われてもやめることができない。不可能なのだ。踊りたい人間は踊り続ける。逆を言えば、やめることができるということは、そこまでだったのだ。そんな残酷な事実を突きつけられる。
迷いの末に故郷を旅立ち、英国ロイヤルへの進学を決めたルーカスが、同じ目線で夢を追いかける新しい仲間を得たところで――現実はつづいていくが、映画は一応の終わりとなる。ラストシーン、ルーカスはこんなふうに語る。
「僕にはバレエ以外の道はない。踊ることで、僕はここにいると、主張したい」
ロンドンのスタジオで語る彼の目が、故郷にいる頃とはまるで違っていた。闘いつづける人の、揺るぎない眼差しに変化していた。衝撃だった。
人生には、必要な別れもある。前に進もうとする人は、あるときどこか心地よい居心地を離れ、新しい居場所を見つける旅に出なければならない。
それは身近な人間関係でも、よく考えさせられる事実だった。階段を上がっていくたびに周囲がすごい人だらけに思えて、孤独で息苦しくなる。けれど、必死でもがいているうちに、やがてそこが自分の居場所になっている。そういう経験を何度もくりかえして、人は成長していくのだろう。痛みはきっと、成長痛なのだ。
孤独にたえる勇気をくれた少年たちに、感謝している。
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