©雲田はるこ・講談社/落語心中協会
金曜の夜が楽しみで仕方がない。
大統領就任式の影響かいつもより30分ほど遅れて始まった第3話も、屋形船の名シーンにはじまり大親分(『ハリー・ポッター』スネイプ先生役でおなじみの土師孝也)の初登場、助六(関智一)の啖呵と見どころがいっぱいで、30分があっというまに終わってしまった。私はほんとうに小夏が大好きなので、小林ゆうの抑えた演技にも、いつも心を奪われる。
声を愛する者として、『昭和元禄落語心中』第2期の最大の喜びは、助六の重要な“相棒”となっていく樋口先生が、正義感と絶妙な軽やかさとをあわせ持つ関俊彦によって演じられることだった。
また、小夏の息子である信之助を小松未可子(『プリティリズム・レインボーライブ』『アオハライド』『亜人』)が演じているのもうれしい。アイドルの出自ながら大人びた少女役が似合う彼女が、ベテランたちに揉まれてどのような「少年」に成長してくれるのか。松田さんのように見守りたい気分だ。
そしてもちろん、落語。第2期では、生と死のあわいの壮絶な芸を「死神」に注ぎこむ八雲の名シーンも登場する。石田彰は一体どんな思いを込めて、あの「死神」を演じるのだろう――。
ちょうど1年前に好評を博した“雲田はるこ「昭和元禄落語心中」特集”。
第3回は、誰もが認める名優・石田彰の落語を中心に、アニメの最も重要な“音楽”ともいえる「声」を探っていく。
2014年12月、アニメ『昭和元禄落語心中』の制作が発表された時、最初に注目を浴びたのはやはりメインキャストだった。落語家・八雲に弟子入りを志願する与太郎役に関智一。八雲に養女として育てられながらも、深い因縁で結ばれた小夏役には小林ゆう。
そしてなんといっても大ニュースは、「昭和最後の名人」と呼ばれながらも深い喪失を抱え、孤高に生きる落語家・八代目有楽亭八雲を石田彰が演じる、というものだった。
八雲は物語冒頭で70代の名人として登場し、メインとなる〈八雲と助六篇〉では10代~20代の菊比古時代が回想される。声優・石田彰は、大河ドラマのような年齢の幅、しかも人間国宝級の落語家の高座を演じることになるのだ。ただごとではない。しかし、
「まあでも、石田さんなら大丈夫じゃない?」
というのが、当時の声優ファンたちのあいだの空気だったように思う。さすが石田彰、芸達者ぶりゆえ「ネ申」と呼ばれるだけはある。
遅れて2月、追加キャストが告知。山寺宏一や林原めぐみらビッグネームの名が出そろって、ファンたちは震撼した。
当代一流の大ベテランを揃えたキャスティングのひみつは、音響監督の辻谷耕史がにぎっていた。ご存知の方も多いと思うが、辻谷さんは『機動戦士ガンダムF91』のシーブック・アノー役などで有名なベテラン声優である。*1
メインキャストを40代以上のベテランで固めたいと進言したのは、この辻谷さんだという。理由は「昭和の感覚がわかることが必要だから」。ここでも、空気感への配慮が伺える。
加えて本作では、落語ができないと話にならない。そこで行われたのが、イベントでも話題になった「落語オーディション」だった。
「野ざらし」と「死神」の音源だけを演者に渡し、どちらかを3分抜粋して演じてもらう形式。音源を台本に落とすのも、どの部分を抜粋するかもすべて演者にまかされた。そうすることによって、「落語をやったことがある人、もしくは相当練習して意気込みがある人」を選別したというのである。
大学時代に落語研究会で鳴らした山寺さんはもちろん、石田さん、小林さんも相当の落語好き。イベントでは、通常の数倍饒舌でテンション高めな石田さんを目撃し、オーディションにかける熱意を想像して胸が熱くなった。
石田さんは、山寺さん、雲田さんとの鼎談でこんなふうに語っている。
©雲田はるこ・講談社/落語心中協会
制限時間は3分間なんですけど、聞いた人がちゃんと面白いと思うようなものにしよう、と。(略)出だしのところとサゲは入れて……とか考えて。でもふつうの「死神」のサゲだと、聞くだけではわかんないぞ、って思ったんですね。
(筆者注:落語家が倒れる所作をしてサゲ、となるため音声で表現しづらい)
僕は立川志らくさんの「死神」が音声向きだと思ったんです。「ろうそくの火が継げました」「よかったな、今日がお前の新しい誕生日だ。おめでとう」でフーッとろうそくを吹き消しちゃう。それを使わせてもらって、自分では満足できる出来になりました。(略)送った後に「これは絶対に八雲の落語じゃないな」とはたと気づいて(略)これは落ちるぞって思ってました。*
しかし結果として、石田彰の「死神」を私たちは目撃し、これが彼の新たな代表作になるだろうことを確信している。
太くあたたかな声で助六を演じる山寺さんが語る、こんなたとえ話もわかりやすい。
©雲田はるこ・講談社/落語心中協会
たとえばロックバンドを題材にした漫画だと、主人公たちの歌や演奏で世界中が震撼するとか、みんなが感動するとか、涙を流すシーンなんかが、アニメで実際に歌う歌がしょぼかったりすると「え??」ってなるじゃないですか。(略)この作品の落語のシーンはそれと同じなんですよ。*
熱意ある同僚たちに囲まれ、音響監督として収録を終えた辻谷さんは、本作をこのようにまとめていた。
現代のアニメの現場には、40代以上の非常に芸達者な声優がなかなか現場にいなくなっています。だから、本作のような声優陣を集めたら、こんなにもすごいアニメができるんだよっていうことを視聴者に実感していただきたいですね。(略)「これが声優の芸だ!」って。*
そう、声こそが彼らの芸であり、作品の根幹となる“音楽”なのだ。
アニメ『昭和元禄落語心中』がどこまでも耳に心地いい理由、ここまでお話したのはほんの一部だが、おわかりいただけただろうか。
あえて言いたい。こんなにも、“音楽”愛を感じるアニメを他に知らないと。
構成・文/高野麻衣
*引用元:『昭和元禄落語心中 アニメ公式ガイドブック』(講談社)
*1:個人的には、10代の頃大好きだった『SLAM DUNK』の藤真健司役や林原めぐみ主演「まんが家マリナ」シリーズの相手役として大好きな人だったので、とても感慨深い。