Memories & Discoveries 17/05 「美術館でラブソング――シャセリオー展」

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19世紀フランス。画家アングルに「この子はやがて絵画界のナポレオンになる」と言われた少年がいました。

テオドール・シャセリオー(Teodore Chasseriau, 1819-1856)。若干16歳でサロンにデビューし、やがてアングルの新古典主義とは決別、ロマン主義の寵児となり、象徴主義を先取りするかのような独自の作品世界の探求へ向かい、道半ば、37歳で急逝。あたかも「ひとり美術史」*1のように、絵画の発展を短い生涯に凝縮して駆け抜けた――知られざる天才シャセリオーの回顧展が、東京・上野の国立西洋美術館にて開催中です。

この「シャセリオー展」、じつは同時代を生き、画家とも親交のあった音楽家たち――ロッシーニやグノー、そしてフランツ・リストがたっぷり収録された「音声ガイド」が必聴。会期もいよいよ今週末28日(日)まで、ということで、本日5月23日から26日(金)まで、レギュラー出演中のラジオ「Memories & Discoveries」で大特集しています。

 

衝撃の出会いは、3月の内覧会でした。

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シャセリオー展内覧会。

会場に足を踏み入れた瞬間、垣間見える聖堂の壁画。

カリブ海の島に生まれ、11歳でアングルに弟子入り、19世紀パリ社交界を駆け抜けた37年の生涯――なんでこの人物を知らなったんだろう、というくらいの衝撃でした。

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誰もが「印象的だった」と語る、メインヴィジュアルのヒロイン《カバリュス嬢の肖像》より。

モデルのマリー=ルイーズ・カバリュスは当時23歳。革命期のパリ社交界に君臨した「テルミドールの聖母」テレーズ・カバリュスの孫娘で、彼女自身、ユゴーやデュマ、ミュッセ、バルザックらが出入りするサロン育ち。祖母譲りの美貌で知られ、この肖像画は。「1848年のサロンの真珠」と讃えられました。 

青白い肌、花飾りの水仙の青緑色、ドレスの白、ケープの淡い薔薇色、手にした菫の薄紫色までつづく、匂うように繊細なグラデーション。

薔薇色のシックな壁紙に並ぶ絵画から感じたのは、19世紀パリの夜。音声ガイドも、艶やかにロッシーニやグノーを奏でます。

 

そうして、17世紀ウクライナの英雄マゼッパを主題にした絵画《気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘》の前で、あのフランツ・リストの超絶技巧練習曲が流れたときの歓び!

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バイロンの長編叙事詩で人気の主題となったマゼッパは、1820年代から1830年代にかけて、ルイ・ブーランジェやドラクロワによって絵画化。ブーランジェの絵画に刺激されたユゴーは詩『マゼッパ』を書き、その死に感銘を受けたリストは有名なピアノ曲(1840年)や交響詩(1851年)を作曲したのだそう。

このときめきの連鎖よ!

ほかにも、ロマン主義に人気の主題として数多く登場したシェイクスピアや、聖書や神話の物語の数々。終盤にあった、シャセリオーの友人の名を記したメモには、リストの恋人だったマリー・ダグーを発見。

やっぱり美術も文学も音楽も、すべてがつながっているのです。

しっかり作りこまれた「音声ガイド」のいいところは、解説を聞くまでもなく、流れ出した音楽が、瞬時に画家が生きた時代へと私たちを誘ってくれるところ。

おまけに本作では、要所要所に山田五郎の博覧強記な「コラム」が収録されているため、あたかも社交界デビューの令嬢が五郎おじさまにエスコートされ、当時のパリのゴシップに驚き、クスクス笑っているかのような気分にさせられました。

そんなすべてを含め、この「シャセリオー展」のガイドは、近年発展を続けるガイド作品のなかでも5本の指に入る傑作だったのです。

 

「ひとりでも多くの方に展覧会へ駆け込んでいただき、社交界デビュー気分を味わってもらいたい!」

ということで、今回の「クラシック・プレイリスト」では実際に「シャセリオー展」の音声ガイドに使用されているアルバムをご紹介しています。

主人公はオレ様、リスト様。

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1)ラ・カンパネラ (5/23放送分)

まずは自己紹介的に、誰もが知るこの「鐘の音」を。

2)「マゼッパ」~超絶技巧練習曲集より(5/24送分)

明日24日放送分からは、「シャセリオー展」の音声ガイドに使用されているフランスAlpha社の新譜『リストの音楽、19世紀のピアノ~マゼッパ、もの思う人、愛の夢 他~』(マーキュリー)から3曲。まずは私が絵画の前で流れ出し、雷のような衝撃を受けた、あまりにロックな「マゼッパ」。

3) 「春」~ショパン作曲のポーランド語歌曲より編曲 (5/25放送分)

2曲目は、展覧会の終盤《東方三博士の礼拝》で流れる、ノスタルジーに満ちた「春」。早逝した画家シャセリオーと音楽家ショパン。その双方に捧げて、リストが演奏しているような気分に。

4) 愛の夢 第3番「おお愛よ、かくも長く愛し続けられるのか」(5/26放送分)

ラストはおなじみの「愛の夢」。この曲、音楽の甘やかさとは裏腹に、じつは力強い人間愛の詩が基になっているってご存知でしたか?

ロックスターのように世界を駆けめぐり、晩年は聖職者となって人間愛を謳ったリスト。そして迷いながらも新境地を探し続けたシャセリオー。

人生について、MC朝倉あきさんと語り合ってしまいました。

それにしても、シャセリオーから感じる神話的な青春の切なさはなんだろう……。

アングルのあと正反対のドラクロワに師事してみたり、演劇に傾倒してモテ女優アリス・オジーと恋仲になったり、アルジェリアを旅してみたり。

終わらない自分探しの旅みたいな生涯に、父親との確執などを思ったり。 

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特筆すべきは敬愛するシャセリオーのため大学を辞め、隣にアトリエを構えたギュスターヴ・モローの崇拝ぶり。終幕に登場する、モロー《若者と死》に描かれた美青年の面影に、「それは恋だったのでは」と結論しました。

アングル、ドラクロワ、モローやシャヴァンヌはもちろん、ラファエル前派が好きな方、ロマン派の音楽や青白い肌の美女が好きな方などにも、絶対に訪れてほしい。

 国立西洋美術館で、5月28日まで。 

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www.tbs.co.jp

(初出:25ans ONLINE「エレ女のクラシック」) 

 

「Memories & Discoveries」は毎週火〜金 朝5時10分頃、JFN系列32の全国のFM局(例:東京の場合はTOKYO FM、新潟の場合はFM新潟など)で放送中。

高野出演の「クラシック・プレイリスト」は5:10頃からスタートですが、インターネットでは、いつでも全世界でお聴きいただけます。

ラジオも、美術展の「音声ガイド」も、進化しつづけています。みなさんのお近くの美術館でも、「音声ガイド」のプレイリストに注目してみてくださいね。

park.gsj.mobi

 

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*1:本展ナビゲーターにして、上智史学科の大先輩、山田五郎さんによる造語。新古典主義、ロマン主義、象徴主義という19世紀をひとりで体現していることから。

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