METライブビューイング『ばらの騎士』を愛する4つの理由

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薔薇の季節でもある6月。

今週末10日(土)から16日(金)まで、いよいよMETライブビューイング2016-17の目玉にしてフィナーレ、R. シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』が“上演”される。

ハプスブルク王朝下のウィーン。元帥夫人マリー・テレーズは、年下の青年貴族オクタヴィアンと情事を重ねていた。

ある朝、逢引の余韻に浸っている夫人の部屋に、従兄のオックス男爵が訪ねてくる。成り上がり貴族の娘ソフィーと婚約したオックスは、婚約のしるしである「銀のばら」を婚約者に届ける青年貴族を紹介してほしいと頼みに来たのだった。ふと、いたずら心を起こした元帥夫人はオクタヴィアンを推薦するが、「銀のばら」の使者としてゾフィーのもとを訪れた彼はゾフィーと恋に落ちてしまい…。

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なにしろ『ばらの騎士』である*1。すぐれた演出家と音楽家が加われば、最上級のオペラの陶酔が味わえる。今回のMETの新演出はまさにそれ。

今回は、なぜこの『ばらの騎士』を愛さずにいられないのかを検証してみよう。

 

1. 時代設定

手がけたのはロバート・カーセン。先端的オペラで世界に衝撃を与え続ける天才演出家が選んだのは、「20世紀初頭、ハプスブルク帝国の黄昏」という初演当時の時代への置き換えだった。

このオペラが作曲された1910年頃、ウィーンは、産業革命後の急激な変化と、ハンガリーやチェコなど諸民族の独立運動に揺れていた。ハプスブルク最後の皇帝フランツ・ヨーゼフは都市改造を行い、経済的繁栄と文化によって国民をつなぎとめようとしたが、1914年に皇位継承者が暗殺され(サラエヴォ事件)、第一次世界大戦が勃発。帝国とともに、華やかなりし貴族社会は消滅していった。そんな時代の空気が、カーセンが掲げる「時の移ろい」というテーマから漂う。

美しき日の名残り――それが『ばらの騎士』であり、同時に元帥夫人マリー・テレーズ(ドイツ語でマリア・テレジア)なのである。

 

2. 最高のオクタヴィアン

キャストはMET不動のプリマ、ルネ・フレミング(元帥夫人)、そして躍進を続ける美貌のメゾ、エリーナ・ガランチャ(オクタヴィアン)という夢の顔合わせ。

なによりガランチャの見事な「男役*2」ぶりは、メインヴィジュアル発表時からざわめきを持って迎えられていた。なにしろあの美女が、 

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このイケメンぶりである。

(現地ニューヨークで公演が行われていたこの5月、私はあらゆるSNSを駆使してガランチャの追っかけをしていた。MET公式のガランチャ祭りぶりも壮絶で、担当はたぶん女性だと思った。)

このイケメンがこのように、ウィーンに対する女子の夢をいっぱいにつめこんで、きらめく音楽とともに現れたら、

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まあ、好きになりますよね(ゾフィー談)。

 

3. 一流のエレガンス

私は『フィガロの結婚』と並んで、このオペラが大好きだ。

シュトラウス自身、モーツァルトへのオマージュとして企画したのだから当然かもしれない。しかしそれ以上に、フランス革命前夜の18世紀末と、大戦前夜の20世紀初頭、それぞれの時代背景における唯美主義とウィットに、一流のエレガンスを感じずにはいられないからだ。

甘やかな音楽で、ちょっぴりビターな現実をくるんだ物語。高貴にしてかっこよすぎる“オトナの女”元帥夫人はもちろん長年の憧れだし、美青年オクタヴィアンの性別関係なしに無敵な小悪魔ぶりも、突如現れたイケメンにぼーっとなったゾフィーの少女らしい図々しさもわかるし、最近では不良中年たるオックス男爵までいとおしくなってきた。

このSalonetteの人気記事として不動のアクセス数を誇るのも、じつはこの『ばらの騎士』――しかも「オックス男爵はかつてオクタヴィアンだった」という男の哀切を描いた(?)以下のエッセイなのだ。

前衛オペラで成功した彼は、一転して18世紀のモーツァルトのような古典的喜劇オペラを書きたいと考える。そこでモデルとなったのが『フィガロの結婚』と『ドン・ジョヴァンニ』だった。前者の登場人物は元帥夫人とオクタヴィアンに生まれ変わった。そして後者をモデルに、プレイボーイの主人公が生まれた。オックス男爵である。

シュトラウスによるとオックスは、「35歳くらいの美男子であり、粗野ではあってもとにかく貴族なのである。内面的にはいかがわしくても、少なくとも外見は立派な風采をしている」のだという!

なによりもこのオペラで最も愛されている「ばらの騎士のワルツ」は、この不良中年のテーマ曲として書き下ろされているのだ。

おまえには俺しかいない

俺といれば 退屈な夜はない

すてべの夜は短くなる

あらためてこの歌を聴くとき、オックスが「かつてオクタヴィアンであったこと」を私たちは知る。

www.salonette.net

 

そう、とにかく貴族なのである。

今回の見どころは何といっても、長年このオペラを演じ、絶大な人気を誇るフレミングとガランチャのふたりが、この上演をもってそれぞれの持ち役から離れることを明言した点だ。ふたりが積み重ねてきた役への共感や理解、そして圧倒的な気品。収録日も、METを埋め尽くした聴衆の喝采と涙を誘っていたという。

フレミングは、気品に溢れた素晴らしい演唱に誇りを持つべきだろう。彼女にとって、そしてオペラ界にとって歴史に残るこの公演で、華麗な歌声を響き渡らせた。ガランチャのベルベットのような艶があり官能的な声は、オクタヴィアンに理想的だ。二度とお目にかかれない極上の公演。—New York Times

名優たちの最後の恋。絶対に見逃せない『ばらの騎士』は、6月10日(土)から16日(金)まで、東劇ほか全国の映画館で一週間限定上映される。 

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4. つづく「薔薇まつり」

さて、村上春樹『騎士団長殺し』の例を引くまでもなく、オペラ『ばらの騎士』の人気は日本でも根強い。

7月には東京二期会、11月には新国立劇場での上演が決定している。映画館で楽しんだあとはぜひ、お近くの劇場でオペラ・デビュー(あるいはそのエスコート)などいかがだろうか。

この「薔薇まつり」を満喫すべく、今回のMETライブビューイング『ばらの騎士』では、7月の二期会で元帥夫人役を演じるオペラ歌手・森谷真理さんが登壇するトーク付上映会も開催される。

グラインドボーン音楽祭との提携も話題の二期会公演、指揮はMET公演とおなじ、ドイツ・オペラの達人セバスティアン・ヴァイグレ。

オペラ公演ラインアップ「ばらの騎士」 – 東京二期会

また森谷さんは、METであのジェイムズ・レヴァイン指揮モーツァルト『魔笛』の夜の女王役を演じたこともあるという。現地での貴重な経験談や、実際のキャスト目線で味わう『ばらの騎士』の魅力など、たくさんの発見があるはずだ。

聞き手はおなじみ林田直樹さん。上映前に気軽に味わえるトークショーで、ぜひたくさんの方と感動を分かち合いたい!

◆日時:6月12日(月) 18:00~
(《ばらの騎士》上映前)※終了予定時刻は22:50頃を予定しております。

◆場所:東劇    Tel:03-3541-2711
  東京都中央区築地4-1-1 東劇ビル3F

http://met-live.blogspot.jp/2017/04/blog-post_35.html

www.shochiku.co.jp

 

www.salonette.net

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*1:じつはシュトラウスはこのオペラを『オックス』と題して心血を注いだが、妻パウリーネの“命令”によって改題され、結果として空前の大成功をおさめた。奥様の英断に感謝せずにはいられないこのエピソードが大好き。

*2:メゾソプラノの「スボン役」でイメージする美少年を通り越したあまりの色気に、ここでは敬意を表して宝塚式に「男役」と呼びたい。

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