Victorian Dictionary~ダンディ

最近のわたしはいかなるときもヴィクトリアン・センサーを光らせている。
当然『伯爵と妖精』(集英社コバルト文庫刊)の動向は気にしている。『黒執事』と同じくヴィクトリア朝の英国を舞台とし、同時にアニメーションの放映がはじまるなど、なにかと比較される作品だ。
とはいえ書店の新刊棚でコミカライズを見かけて驚いた。帯にはひとこと、

執事より、伯爵
さすが集英社というべきか。*1
ところが、自明のとおり『黒執事』にもシエル・ファントムハイヴという、れっきとした伯爵がいる。執事が存在するなら、その主人、ダンディの存在が欠かせないのである。

■ダンディ
ダンディほど誤解されている言葉も少ないだろう。
多くのひとのイメージは「おしゃれ紳士」というほどのもので、プレイボーイとの区別ができないひともいる。
プレイボーイは女性をハントするが、ダンディは女性を惹きつけながら、最後につきはなす。
ダンディズムは、その発祥を考えれば功利主義に怒りをしめすものでなければならないから、愛想のよさ、つまり、いつも笑顔など考えられない。
克己心、偽悪のポーズ、出世や権力への無関心、そして自己犠牲――
ダンディはストイックなのである。
その意味でファントムハイヴ伯爵は、アシェンバード伯爵に比べて、よりダンディであるといえる。

前述の『理想の結婚』において“坊ちゃん”ことゴーリング卿を演じたルパート・エヴェレットは、絵に描いたようなダンディ。
ウィットと逆説だらけの科白を連発するが、表情はまったく変えず、つねにけだるげである。
外見をとりつくろうこと=ダンディではないが、自分を芸術作品のように俯瞰する彼はまた、装いにも相当なこだわりがある。
フロックコート、三つ揃いのラウンジ・スーツ、そして黒いつば付き帽子(トップハット)にステッキ。ステッキは、かつて王を守る軍隊であった貴族にとって、剣の名残りといえる。紳士は外出時に必ず手にしていた。
『黒執事』においてもステッキを新調するくだりが描かれている。
装飾的な意味が強かったので、黒檀やオニキスが使用されることが多かった。重厚な飾りの数々は、“女王の番犬”たるシエルの身分と使命の象徴といえるだろう。
 

■青と白
もうひとつ、シエルのシンボルといえるのが左手の青い石の指環(ファントムリング)と、それに合わせるようなロイヤル・ブルーの着こなしである。
原作者は、ゴスロリ雑誌『KERA マニアックス Vol.10』(インデックス・コミュニケーションズ,2008)のインタビューに答えて、

「基本は西洋服飾史を参考に時代に沿ったもの。ただしヴィクトリアンの男性の服装は地味なので、特にシエルの場合は少年らしくフリルやリボン、Aラインのシルエットなど、女性らしいパーツもとりいれている」

と語っている。*2
このインタビューは観点が“ファッションを含む生活”萌えで、大変興味深い。香水、好きな食べ物、好きな花、血液型…という、ランダムなリストが掲載されているので、そのうちシエルの項に注目してみよう。
香水:紅茶や、フルーツの香り
  ※ロクシタンの「ホワイトティー」(写真中央)*3が例として挙げられている。
食べ物:「美味しいもの全般。子供のくせに甘さの種類とかにもこだわりがありそうです。」
花:スターリングシルバー(“銀の薔薇”と呼ばれる青みがかった白薔薇、写真右)
血液型:AB型
  ※ちなみにセバスチャンはもちろん「不明」 
人生の使命:秘密

ブランメル閣下の華麗なダンディ術―英国流ダンディズムの美学

ブランメル閣下の華麗なダンディ術―英国流ダンディズムの美学

 

  *1 正確には小さな「!?」付き。
最近のコミックスの帯(および広報活動)で「さすが」だったのは、『きのう何食べた?』2巻(よしながふみ、講談社)で展開された『大奥』4巻(同、白泉社、12/25発売)。

*2 『エマ』(森薫、エンターブレイン刊)などと違い、『黒執事』原作者はもともと英国史や風俗、文学などにはあまり興味がなかったというから、作品はすべて彼女と編集者の勉強のたまものである。
わたしは好きでなければ書けない性質なので、これは逆に尊敬に値する。

*3 ロクシタンが今年の夏限定で発売したライン。通常の「グリーン・ティ」に比べ、香りがウッディーで、甘さひかえ目。名前の由来は成分のひとつ、中国の「白茶」から。
12/1現在、銀座のヴィラ・ド・プロヴァンスのみにて取扱中(問: 03-3538-7811)。

 
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