執事喫茶に『黒執事』、話題の新ドラマも『メイちゃんの執事』(フジテレビ)。
いわゆる“イケメン執事”のブームはとどまることを知らない。
彼らは、若く、美しく、紳士的にお嬢様(あるいは坊ちゃん)にかしずき、優雅な茶器で紅茶をサーブし、ときには恋愛関係に陥る。
――ファンタジーである。
それはまさにShitsujiであり、Butlerではない。
どちらかといえば中世のロマンスで、姫君につき従う騎士のイメージ。
歴史や英国文化をベースにしつつも、独自の世界観で構築されているのだ。
ではどうして騎士でなく、執事なのか。
ここでは、執事の歴史背景を紹介しながら、それらがShisujiたちにどのような影響を与えているのかを考えてみたい。
■執事とはなにか
かつて執事といえば、「爺」という呼びかけがポピュラーだったように、壮年から初老の男の役どころだった。
『黒執事』でも「タナカ」役で出演しているベテラン俳優・藤村俊二(おヒョイさん)などが想像しやすいだろう。原作者自身、執事役を数多く演じてきた彼をモデルにして、タナカというキャラクターを描いたという。
「執事とは、すべてを知っている存在」
と藤村さんは語っている。
「執事という仕事は、自分を抑えて、主人に仕えるという仕事だからね。しかも、全部を知っていながら、余計なことを言わない。大変な仕事ですよ」*1
タナカは、ファントムハイヴ家の「家令」である。
時代によっても異なるが、ヴィクトリア時代後期の英国では、家令は使用人の最高権力者、「バトラー(執事)」は家令がいない家では一番、いる場合二番めに偉い管理職だ。
バトラーは特に男性スタッフ部門の管理監督・指導育成を担当した。
場合によってはサイフを握って、必要品の仕入れと支払いなどもおこなう、いわば人事と経理の兼任部長のような存在である。
バトラーを補佐する部下として「フットマン(従僕)」が控えている家も多かった。
フットマンの主な仕事はテーブルの給仕とゲストの対応。そのほか外出の付き添いや手紙の配達など、人目に触れる仕事が多い。
つまり、主人が誇示するマスコット的な存在といえる。
執事喫茶の「執事」に、実際はこのフットマンが多いのも道理である。
■執事の一日
バトラーの語源は酒のボトルというくらい、執事とワインは切り離せない。
彼らは早起きしてワインセラーを管理し、いつでも上等なワインをキープし、主人や客に飲み頃で出すためにデカンタし、晩餐会ではサーブもする。
ワインにまつわるクリスタルの管理ももちろん執事の担当だが、銀の食器やナイフ、フォーク(シルバー)の手入れも同様。部下を監督して専用の薬剤を使って鏡のように磨きあげる。
テーブルセッティングを監督し、「晩餐の支度が整いました」と告げることも執事のおこなう儀礼のひとつだった。
また、主人から呼ばれれば、いつでもお茶やコーヒーを運ぶ。
これが「執事喫茶=紅茶専門店」の原型か。
『黒執事』では甘いもの好きの主人シエルのために、セバスチャンが毎回さまざまなお茶やお菓子を披露する。
主人の身の回りの世話も、執事が兼任する。
これは朝起きてから夜ベッドに入るまで、主人の快適をひたすら追求する容易でない仕事だ。
昨年、社交期の話題の折に紹介した『理想の結婚An Ideal Husband』(99年イギリス)はまさに、そんな執事の朝の風景から始まる。
ゲストの応対も大切な職務だ。
玄関先で、主人に通してよい客か、玄関ホールで自分が応対するかを瞬時に判断する熟練の技も、映画には描かれている。
(ワイルドの喜劇らしい“勘違い”もみどころ。)
主人へ案内したら、正しい名前と肩書きをアナウンス。
同じように、邸宅に届く手紙の分類もおこなう。
ガードマンのような、秘書のような、父子以上に親密な大人の主従のやりとりがほほえましい。
一方、シエルと執事セバスチャンの主従関係はビジネスライクで、二人きりになればなるほど「黒」さが漂う。
かと思えば感情の揺らぎを垣間見せる少年、あくまで忠誠を誓う執事。
そのストイックで複雑な関係性がおもしろい。
その昔、少女は王子から“見出される”ことを夢見た。
次にやってきた少女たちは、その受け身な生き方を否定した。
そして…
おそらく「執事」とは、回帰した姫願望世代が“見出した”、最大のアクセサリーのひとつなのではないだろうか。
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