Memories & Discoveries 23/01「LOVE SONGS」

早見沙織さんとの楽しいおしゃべりでお届けする「クラシック・プレイリスト」。淑気に満ちた1月、今年最初のレコメンダ―を務めさせていただいた。

プレイリストに掲げたのは究極のテーマ、「愛」。雑誌「25ans」のアンケートで「高野さんの心に残る“愛”をテーマにした音楽作品を教えてください」と問われ、考えこんだのがきっかけである。エルガー〈愛の挨拶〉みたいなあたり障りのない回答を送ることはできる。オペラだってまあ、破滅的とはいえラブストーリーばかりだ。でもそれって、私の考える「愛」とはどこか違う気がするんだよなあ……と、とにかく全然決まらない。

「愛」なんてありふれた、得意なテーマだと思っていたのに。私のLOVE SONGの決定版ってなんだろう。

そんなふうに考えるのが楽しかった。たとえば以前お話した、ショパンの死に際しリストが作曲した〈コンソレーション〉。これこそが私にとっての「愛」であり、だからこそ戯曲や小説のきっかけになった。

同じように、私にとっての「愛」を選んでみた。ご紹介した3曲を聴きながら、自らの「愛」について考えてもらえたら幸いだ。

1) シュテルツェル(伝バッハ):あなたがそばにいれば(1/3放送分)

1日目は、J. S. バッハの作品として有名な歌曲を。本来は、同時代のドイツの作曲家シュテルツェルのオペラの中の人気アリア。当時、シュテルツェルはバッハをはるかに凌ぐ人気者で、この曲もおそらく、誰もが知るヒットソングだったのだろう。

バッハは、歌手で音楽のパートナーでもあった妻アンナ・マグダレーナに贈った「音楽帖」にこの曲を収録した。クレジットはなかった。家庭内利用だし、当時の著作権感覚ならおかしくはない。そもそも今でこそ「音楽の父」と呼ばれるバッハだが、その実像は古今東西の音楽を集めて体系化した研究者に近かったという。しかし、後世の研究者はバッハの作品だと誤解した。そして、バッハ夫妻は、さまざまな創作を通して理想の夫婦像として定着していった。

私は歴史学の徒だが、物語も愛しているので、それはそれでいいと思う。穏やかで慈しみに満ちた旋律は、まるで〈G線上のアリア〉のように、弱った心にもじんわり沁みこむ。

反転したときの憎しみや切なさもつきものだけど、「愛」は本来、友への信頼のように静かな情熱でもあると思う。永遠にきみの味方、というのが私にとって最高のLOVE SONGSなのだ。

2) プーランク:愛の小径(1/4放送分)

〈愛の小径〉はもともと、劇作家ジャン・アヌイの音楽劇『レオカディア』の中の挿入歌だった。

とある国の王子、アルベールがレオカディアという芸術家に出会い、恋に落ちる。しかし3日後、彼女は事故で亡くなってしまう。悲しみのあまり、城の中にレオカディアと出会った小径を作り、思い出の中にひきこもる王子。2年後、レオカディアによく似たアマンダは、王子の母に依頼されてアルベール王子の城を訪れる。そして歌う。

愛の小径 私はあなたを探してる(略)
でも人生は すべてを消し去ってしまうから
ある日 その小径を忘れてしまったとしても
私の心にはきっと 熱い手のぬくもりが残る

献身的なアマンダと接する日々のなかで、王子はレオカディアの死を受け入れていく。愛する人の死をめぐる、再生の物語だ。

「人はいつか消えても、愛のぬくもりは残る」という大人な歌詞と、パリのエスプリ。少女時代、フランス女優ダニエル・ダリューの歌で初めて聴いて、「こんなふうに誰かを愛しきって死にたい」と涙した思い出がある。

長じて調べると、この曲は第二次世界大戦でパリを離れていたプーランクが、疎開先で書いた曲だという。生粋のパリジャンであるプーランクの郷愁や、戦時下の死との親密さも、どこかもの憂げなメロディに生きているのかもしれない。

しかし、最後には希望が満ちる。今回は、フランスの中堅をになうソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエルと、ピアニスト、アレクサンドル・タローの最新アルバムから。深い余韻を味わいたい。

3) プロコフィエフ:バレエ『ロミオとジュリエット』より バルコニーの場~ロミオのバリエーション(1/5放送分)

3日目にしてザ・ラブソング。シェイクスピアによる世界一のラブストーリーをモチーフにした、バレエ作品の音楽を選んだ。

バレエの初演は1938年。いまや定番だが、チャイコフスキー作品と比べるとぐっとモダンで、スピード感もある。プロコフィエフが映画音楽の経験を活かして作曲したという裏話もあり、ダンサーのマイムに寄りそうような、細やかな心理描写を音楽で実現している。

有名なバルコニーの場を選んだ理由は、個人的な思い出だ。2014年、東京フィルのワールドツアーに随行していたとき、午後のリハーサルでこの曲に差しかかったとき、天窓から光が差しこんだことがある。

場所はロンドン。スローン・スクエア近くの瀟洒な教会をリノベーションした、カドガンホール。恋人たちの震える心そのもののストリングスと、神々しい光。純粋でまっさらな愛は、まさに神の領域かもしれないと信じたくなった。

恋人たちは悲劇的な結末を迎えるが、その愛は両家の和解をもたらす。

手放しで賛美はできないけれど、死ぬほどの「愛」はやっぱり、究極である。

 

クラシック・プレイリスト、次回の担当分は1 月30 日よりオンエア。テーマは「ルグラン、フォーエバー」です。毎朝5時台、JFN系列38の全国FM局でOA。radikoタイムフリーでもお聴きいただけます。(※放送終了)

5/28追記:
久々の担当回が、5月30日よりオンエア。テーマは「アメリカン・プロジェクト」です。どうぞお楽しみに!

出演|Memories & Discoveries

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