25ans 2月号(12/28)のテーマは「世界を旅する」。
『ルーブル美術館の夜』を中心に、まだ見ぬ「異国」の映像美に魅せられた映画5作品を紹介する。世界中のおいしい食べ物を描いた本もたくさん届き、旅の刺激はやっぱり人生に欠かせないと感じた年末。海外旅行ができない今、カルチャーは「世界への扉」に違いない。
line up
【映画】パリの調香師/天空の結婚式/ミッション・マンガル/羊飼いと風船/ルーブル美術館の夜【音楽】ダニール・トリフォノフ/ティボー・ガルシア【美術】東郷青児 異国の旅と記憶/古代エジプト展/香りの器【本】海と山のオムレツ/幸福のチョコレートを探しにどこまでも/モード後の世界
『パリの調香師 しあわせの香りを探して』
嗅覚を失くした天才調香師と
崖っぷち運転手の再起の物語
アンヌは、ディオールの香水“ジャドール”など数々の名作を作った天才調香師。しかし4年前に嗅覚障害になり、地位も名声も失ってしまった。高級アパルトマンでひっそりと暮らす彼女に運転手として雇われたギヨームは親権喪失寸前。だがじつは、匂いを嗅ぎ分ける才能を持っていた──。衝突しながらバディになっていく大人の男女がたまらなくチャーミングな、再起の物語。ディオール、エルメスの協力によって再現されたトップ調香師の世界も堪能できる。
『天空の結婚式』
イタリアの絶景が舞台
最高にハッピーな結婚大騒動!
チヴィタ・ディ・バニョレージョ。『天空の城ラピュタ』のモデルといわれる美しい村が舞台の、イタリア製ロマンティック・コメディだ。原作はオフ・ブロードウェイの大ヒット舞台。同性カップルの結婚が巻き起こす大騒動に爆笑必至だが、なによりもときめいたのが、息子たちのために特別な地で最高の結婚式を挙げようと奮闘するマンマの愛。誰もが自分らしく生きることの素晴らしさに胸が熱くなる。
http://tenkuwedding-movie.com/
『ミッション・マンガル』
サリー姿の女性研究者たちに
強くみなぎる勇気
2010 年、インドの宇宙事業の命運をかけたロケットの打上げが失敗に終わり、責任者のタラとラケーシュは閑職に異動させられる。しかし研究者であり主婦でもあるタラは、家事から閃いたアイデアで、小さなロケットで探査機を火星に送る画期的なアイデアを思いつく──。ユーモアたっぷり、爽快なサクセスストーリーのあいまに垣間見える、女性たちの苦悩とひたむきさ。「やりたいことを我慢して幸せになれる?」と問いかけるタラに背中を押され、勇気が湧いてくる。
『羊飼いと風船』
変わりゆく時代の狭間にある
神秘の地・チベット
大草原で牧畜をしながら暮らす、祖父・若夫婦・息子たちの三世代家族。昔ながらの穏やかな暮らしをつづけていたが、近代化によって伝統や価値観は少しずつ変わりはじめていた。そんなある日、子どもたちのいたずらによって家族にさざ波が起きはじめる。牧畜民として生きる厳しさ、信仰、そして女性たちの選択。時代に翻弄される家族のジレンマを、時にユーモアをこめて紡ぎだす本作。広大な草原や羊たち人間のたくましさをとらえた、圧倒的な映像美に酔いしれたい。
http://www.bitters.co.jp/hitsujikai/
Focus
『ルーブル美術館の夜 ダ・ヴィンチ没後500年展』
圧倒的映像美と音楽で味わう
“展覧会のライブビューイング”
世界で最も有名なルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ。その没後500年にあたる2019年、パリのルーブル美術館で空前の大規模回顧展が開催された。『モナリザ』など5つの所蔵品に加え、他の美術館から絵画・素描・手稿など計160点が集結。最新研究を踏まえつつレオナルドの創作の全貌をひも解く試みに、世界中から107万人が殺到した。
そんな空前絶後の「ダ・ヴィンチ没後500年展」をまるごと記録した映画が公開中だ。
タイトルは『ルーブル美術館の夜(Une nuit au Louvre)』。冒頭に流れるのは、「まもなく閉館です」のアナウンス。やがて静寂に包まれた夜のルーブル美術館を舞台に、高精細カメラによる美しい映像にのせて、キュレーターの解説がスタートする。いわば貸し切りのナイト・ミュージアムである。
案内役を務めるのは、本展の構想と準備に10年を費やした絵画部門チーフ・キュレーターのヴァンサン・ドリューヴァンと素描・版画部門ルイ・フランク。
展覧会ではレオナルドの芸術家としての生涯を網羅し、彼がどのように絵画を他分野よりも優先させたのか、また、どのようにこの世界を探求してきたのかを掘り下げていく。レオナルドの言う「絵画は科学である」、その大いなる野望は、作品に”命”を吹き込むことだった──。
感情を揺さぶる音楽にも注目したい。
じつは、本作の監督はラ・フォル・ジュルネ音楽祭でおなじみの音楽プロデューサー、ルネ・マルタンの息子ピエール=ユベール。マルタンのレーベルMIRAREの音源を中心に、ふいに流れるアンヌ・ケフェレックやジャック・ルーシェの演奏が、ルーブルの壮麗な空間を引き立てる。
美術ファンに向けた紹介はどうしても「映像美」に集中してしまうし、事実おしきせの劇伴でげんなりしてしまうアート映画も存在する。しかしこの作品は違う。
ほんとうに展覧会を愛する人なら知っている、あの空間に流れる「音」──人々の息づかいや静寂も含めて──のライブ感を、まるごと映像に閉じ込めようとした試み。まさに展覧会のライブビューイングなのである。
https://liveviewing.jp/contents/louvre/
(25ans 2月号に加筆修正)
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