25ans 1月号で、連載「ようこそ!カルチャーの花園へ」が3年目に突入した。
1月号(11/28)のテーマは「さまざまな愛」。フィナーレを迎える原美術館で感じた「愛」を中心に、多様な「愛」を描く映画3作品を書き記しておく。
2021年はレイアウトも一新。新時代にふさわしく、映画、音楽、本、アート、舞台からデジタルコンテンツまで、より自由に、愛いっぱいのカルチャーをご紹介していきたい。
line up
【映画】燃ゆる女の肖像/ノッティングヒルの洋菓子店/ヒトラーに盗られたうさぎ【美術】ベルナール・ビュフェ回顧展/宇宙の旅/原美術館【音楽】ジェイミー・カラム/エイバ・マックス【舞台】チョコレート・ドーナツ/オレステスとピラデス【本】うるさくしずかにひそひそと/スイーツデコレーション/ゴシック文学神髄
『燃ゆる女の肖像』
愛おしく、切なく、狂おしい
ヴィヴァルディで紡がれる愛
舞台は18世紀、フランス、ブルターニュの孤島。主人公は、望まぬ結婚を控える貴族の娘エロイーズと、彼女の肖像画を描く女性画家マリアンヌ。結ばれるはずのない2人の、炎のように燃え上がる鮮烈な恋を描いたカンヌ映画祭の話題作だ。美しい海辺を散歩し、音楽や文学について語り合ううち視線が交錯し、恋におちてゆく2人。静寂と波音に支配された122分のなかで、ふいに流れ出す音楽の、息が止まるほどの美しさ。絵画のような映像とともに、ぜひスクリーンで鑑賞してほしい。
『ノッティングヒルの洋菓子店』
悲しい過去も、大切な思い出も
お菓子にして召し上がれ
パティシエのサラと親友イザベラは、長年の夢だった洋菓子店をオープンすることに。ところがサラが事故で急死。悲しみを乗り越えるため、イザベラとサラの娘クラリッサは、サラの母ミミと、サラの元カレでスターシェフのマシューを巻き込み<ラブ・サラ>のオープンに向けて走り出す――。スクリーンを彩るお菓子とパンを手掛けたのは、ロンドンの有名デリ<オットレンギ>。伝統と多文化が入り混じるロンドンの今を感じつつ、三世代の女性が見つける愛に胸が熱くなる。
https://nottinghill-movie.com/
『ヒトラーに盗られたうさぎ』
家族が一緒にいれば
きっとなんだってできる
1933年、ベルリン。両親と兄、お手伝いさんと幸福に暮らしていた9歳のアンナは、ある朝突然「家族でスイスに逃げる」と告げられる。選挙でヒトラーが勝てば、ユダヤ人演劇批評家の父の弾圧は必至。一家はスイス、フランスと逃避行を続けることに。絵本作家ジュディス・カーの自伝的小説を映画化した本作は、「居場所を失うこと」をテーマにしながらも明るい希望を失うことがない。子どもたちの逞しさはもちろん、いかなるときも優雅な母や、それを守ろうとする父の静かな闘いも印象的だった。
https://pinkrabbit.ayapro.ne.jp/
Focus
『光―呼吸 時をすくう5人』
時をすくい、心に留める
2020年のディテール
世界の情勢に翻弄され、あっという間に過ぎ去ってしまいそうな 2020年。慌ただしさの中で見落としてしまうものを、心に留め置く――そんな「記憶」のための展覧会を訪れた(12/23)。
冬晴れの正午。ひさしぶりに訪れた原美術館を包み込むのは、訪れるたびに変わらぬ静寂だった。
館内に一歩足を踏み入れると、正面の大きな窓には眩しいほどの木漏れ日。かさかさと揺れる木立の音と、あえかに聞こえるドビュッシーの〈月の光〉に、序盤から心臓をつかまれる。
プロジェクターの光と自然光があいまった、リー・キットの静謐なインスタレーション《Flowers》だ。シェードに映し出された枝葉の陰影が美しく、しばらく微動だにできなかった。
音楽の正体は、ガーデンルームにぽつりと置かれた自動演奏ピアノ。佐藤雅晴のアニメーション作品群《東京尾行》の一部で、あるピアニストの「音のトレース」だという。そして、邸宅に自然に配置された、今井智己、城戸保、佐藤時啓の写真たち。
どれもこれも、この空間でなければ味わえない光景ばかりで、胸がぎゅっとしめつけられる。
1979年に開館した原美術館が、品川での活動を終える。
実業家・原邦造の私邸(設計:渡辺仁、1938年)を美術館として利用した同館は、40年にわたって日本の現代美術シーンを牽引してきた。私が存在を知ったのは、1990年代の25ansのカルチャー連載。大人になったらここを訪れて、「カフェ ダール」で読書するのだと決めていた。
このカフェが現在の姿になったのは88年のこと。当時はもしかしたら、文化系カップルのデートコースだったのかもしれない。そう確信してしまうほど、この日は親世代の男女の客が多かった。この日の予約はいっぱいで、カフェのテーブルも埋まっているのだが、皆が言葉少なに晴れた中庭を見つめている。その一体感が心地よかった。
原美術館には、建築と融合するように設置された常設作品も多い。
有名なジャン=ピエール・レイノーのインスタレーションのほかにも、中庭にはイサム・ノグチの彫刻。ガーデンルームから見える日本庭園の柵が、杉本博司によるアートであることに気づき驚いたりもした。訪れるたびに「こんにちは」と挨拶したり、新しく発見したり。その印象は時間や、居合わせる人によっても変わっていた気がする。
宮島達男《時の連鎖》を見つめながら、ふいに友人が呟いた「わたしはどっちのスピードで生きてるのかな」。
去り際に、ギャラリーにいる知らない人たちとなんとなく輪になって聴いた、自動演奏の〈月の光〉。
この瞬間を、わたしは絶対に忘れないと思った。
光と呼吸が重なり、記憶に焼き付いていく音と、瞬間。
美術館の静寂と〈月の光〉。駅前のジャズ。枯葉の音。猫の小さな鳴き声。思い出話。自分の信じる道を進んでいいのだと確認するような午後だった。
新しい原美術館できっとまた、そんな時間に再会したいと思う。
■開催中~2021年1月11日 原美術館 http://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/897/
(25ans 1月号より加筆修正)