(c)Ken Howard/Metropolitan Opera
Toreador, en garde! Toreador, Toreador!
METライブビューイング『カルメン』を観てからずっと、「闘牛士の歌」ばかり口ずさんでしまう。ヒット曲ってすごい。
そして今回もまた、「どう考えたって闘牛士エスカミーリョが好き」といういつもの結論に落ち着く。前回の『フィガロの結婚』で、同じリチャード・エア演出のもとフィガロを演じたバリトン、イルダール・アブドラザコフ(エスカミーリョ役)が登場したときの色気が尋常でなく、スクリーンにもかかわらず匂い立つよう!
カルメンと同じ舞台に立てる「男のなかの男」という、説得力があった。カルメンやミカエラという“宿命の女”たちだけが取り沙汰されがちな演目だが、この人ももっと語られていい“宿命の男”だと思う。
それにしても、楽しみにしていたアニータ・ラチヴィリシュヴィリのメゾ・ソプラノの心地よさと言ったら! まるで音楽の化身のようなカルメンだ。
ひと昔前のオペラのようにやたらにしなをつくるわけではなく、粗野ともいえる動きのなかに同性でもぐっとくるような色気があって、女友だちフラスキータやメルセデスに慕われるのもよくわかる。あの包み込むような低い声で、「あんたが好きじゃなくても 私は好き」なんて歌われたら誰だって好きになってしまう。
アニータ自身、カルメンは人生を愛してる人、と語っていたのが印象的だった。はじめてカルメンを、心からクールな女だと思った。
あと、なんといっても二幕の「ジプシーの歌」での圧倒的なダンス!
まるで『バーレスク』のクリスティーナ・アギレラみたいだった!
ポップスの歌手たちがあれだけ踊るのだから、現代ではオペラでもこれが自然だな、とあらためて。
映画監督でもあるリチャード・エアの演出は、歌手たちにとってほんとうに要求されるものが多いだろうけれど、そのぶん細かい動きまで嘘がない。理屈をこねるんじゃなくてエンターテインメントを作る、すばらしい演出家だ。
赤(カルメン)と青(ミカエラ)の対比も見事。カルメンと友人たちのシスターフッドがダンスなどを通して濃く描かれているせいか、ミカエラってほんとうに女子に嫌われるタイプだな、と胸が痛くなったり(演じるアニータ・ハーティッグがとっても清々しい女性だからなおさら)。
ホセのサッシャ・アントネンコもすばらしかったけれど、演技が巧すぎて四幕がほんとうに恐怖だった……
黒田恭一先生は昔(1989年刊の『オペラへの招待』にて)、「カルメンが被害者で、ドン・ホセが加害者だったとは考えられないか」と書き残しておられるが、現在なら99%のひとがストーカー殺人を想起するだろう。ちっともロマンティックじゃない。でも、それくらい真に迫った演唱だった。
最後に強烈に感じたのは、「女友だちの助言はちゃんときこう」という一念だった。
ビゼーはきっと、ホセよりカルメンに共感していたのだろう。そう信じたくなる幕切れがうれしかった。
次回は大好きなイザベル・レナード主演の『セヴィリャの理髪師』!