東京フィル ワールドツアー、第3の舞台はパリ。
マドリードからパリまでは、ピレネー山脈を越えて3時間。東京フィル一行はチャーター機での移動となった。
写真はシャルル・ド・ゴール空港にある、チャーター機専用のTerminal 3。
美しい化粧室では、ポンパドゥール候爵夫人が出迎えてくれた。この色彩感覚と、単なる石鹸までかぐわしい空気に「フランスにきたのだ」と実感する。
夜は現地のお友達に案内してもらい、シャンゼリゼのカフェで会食。ナント以来1か月半ぶり。いつもこのペースで通えたらいいのに!
帰路、メトロの通路で見つけたジョゼフィーヌ皇妃のポスター。
リュクサンブール宮殿で開催中の展覧会だそうだ。そこかしこに、憧れがあふれていた。
3月16日。パリ公演の会場となるサル・プレイエルの印象は、楽屋口から足を踏み入れた先の、薄暗いホワイエに響くファゴットの音ではじまった。
ホワイエの片隅で「春の祭典」の冒頭のソロをさらうチェ・ヨンジン。1927年に移築されたというアールデコ様式のホールに、その旋律はあまりにも完璧に似合っていた。
そう、ここパリは、「春の祭典」初演の地なのだ。
リハーサルは、パリより参戦するヴァイオリニスト竹澤恭子が登場し、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をメインに行われた。力強く音を紡ぎだす竹澤と、音楽全体に抑揚をつけていくマエストロ。その場の空気には、これまで以上の緊張感が漂っているように感じられた。
16時、マチネ開演。まずは重厚な「BUAKU」で日本の美を印象づける。同席した作家のクロード・イズナルは「日本人はオーケストラの楽器で、まるで平安時代の宮廷にいるかのような音楽を奏でるのね!」とため息をついていた。「古代の日本に旅しているようだった」。かつてこの国フランスで、日本の浮世絵にインスピレーションを受けたドビュッシーは交響詩「海」を書きあげた。それは、ドビュッシーが丁寧に日本の美を抽出し、そのエッセンスに自らのアイデンティティを混ぜ合わせた美しい結晶である。同じように日本のクラシック文化も、西洋から輸入された様式でありながら、いまや独自の“音”や“創造性”を持っている。日本には、日本人にしか出せない音がある。その事実を再確認するかのような言葉だった。
ジャポニスムを愛する国の人々の熱い拍手を受け、勢いに乗るのかのように、渾身のヴァイオリン協奏曲がはじまった。最初のフレーズから、息をのむような響きだった。こんなにもやわらかいビロードのような音が、これまであっただろうか。竹澤もオーケストラも、心から震えるような演奏を繰り広げた。ヴァイオリン協奏曲の第一楽章のおわりで、堪えきれぬような拍手と喝采が巻き起こる。経験したことのない興奮を覚えた。
後半の「春の祭典」は、官能的とも言えるほどの完成度だった。公演後のインタビューによると、このパリ公演に向けてチェ・ヨンジンは「ファゴットらしいほの暗い音」を意識したのだという。フランスでおなじパートを担当する楽器バソンは、比較的明るい音をしている。ヨンジンは自分のファゴットの音をよく「バソンのように明るい」と評されるが、せっかくファゴットで演奏するのだから、その楽器ならではの音を追求したいと考えたのだそうだ。その表現は、サル・プレイエルを満たした成熟の世界へとたしかに結実していた。
期待に満ちた会場の熱気に応え、はりつめた空気がするりとほどけていくように、音がまろやかに熟していく。会場、そして聴衆によって、目に見えるように明らかに音楽が変わることに震撼した。
音楽は、生き物なのだ。
(ワールドツアー2014報告書 初出)
サル・プレイエルのレストランで行われたレセプションもすばらしいものだった。
本番前のカフェではオーボエやパーカッションのみなさんとご一緒し、生の声をたくさん聞かせていただいた。
ホールの裏手にはマリアージュフレールとメゾン・デュ・ショコラ。陽だまりのパリは、まるで楽園だった。
(ロンドンへつづく)
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