『不滅のあなたへ』。美しいタイトルである。
最初に目に飛び込んできたのも、美しい表紙画のせいだった。夜明けの空を背に微笑む少年とオオカミ――その画に、遺された一枚の写真のような、不思議なせつなさを抱いたのだ。
物語は、謎に満ちていた。何者かによって地上に投げ入れられた「球」が大切な存在と出会い、オオカミや少年や少女といった「形」になり、不死であるために「フシ」と名づけられ、旅をして成長していく。さまざまな出会いと別れを描く連作群像劇のようでもあり、その世界にどんな秘密が隠されているのか、後世の歴史家のように謎を追っていくミステリのようでもある。しかし、なにより心に残ったのは、「フシ」が出会う人々の鮮やかな心理描写だった。
「聲の形」、そして「自分の形」。それは現実だけが教えてくれる
さすが大今良時、というほかない。何を隠そう、私は昨年劇場公開されたアニメ『聲の形』をきっかけに、原作者・大今に魅了された新参者のひとりである。現代の高校生たちを描いた『聲の形』も斬新な描写の塊ではあったが、ここにきて、その粋のようなものを見せつけられるとは!
描写は、あまりにもシンプルだ。たとえば第1話には、件の少年と、オオカミだった頃の「フシ」しか登場しない。オオカミはしゃべらず、少年は一人芝居のように、相棒であるオオカミに語りつづける。彼はなぜか、雪深い土地にたったひとりで暮らしているのだが、前向きで明るく、広い世界の可能性を信じている。そして旅に出る。
「色んな人に会って 色んなことを感じたいんだ
きっと悪いこともあるだろうけど それでも僕は世界を知りたいんだ」
今回読み返し、再び心を捕られた少年のセリフだ。現在コミックスも5巻を重ねる『不滅のあなたへ』のテーマが、静謐で緻密なこのプロローグにつまっていたのかと鳥肌が立った。少年が出会う不信や苛立ちや絶望――それらがすべて、セリフの少ないコマの連続から伝わってくることにも驚愕した。
「フシ」の旅はやがて、少女マーチ、仮面の少年グーグー、旅の同行者となるピオランなどで彩られていく。別れが訪れるのはわかっているのに、それでも感情移入してしまうのは、ひとつひとつの絆がいとおしいからだ。優しさだけではない。未知への恐怖、差別意識など、私たちのすぐ隣に存在する悪意もすべて、赤裸々に描かれていく。それは精一杯生き抜いて、死んでいく人間の、音楽のように圧倒的な、情動だ。
壮大なファンタジーと評されがちな本作ではあるが、作品を通して描かれるテーマは「アイデンティティ」なのだという。大今は、インタビューでこう語っている。
「手放したくないものを手放し、得たくないものを得る。まわりの環境によって自分が変化し翻弄されていく中で、本当に獲得したいもの、留めておきたいものを得て、自らを形づくっていくお話。夢に向けてがんばっている人にも届けたいですね」
とてもよくわかると思った。同時に私は、「夢が見つからない人」「見えなくなってしまった人」にも届いてほしい、と感じた。
もし「球」のままなら傷つくこともなかったかもしれない。でも「球」のままならば、ほんとうの自分も、自分を愛してくれる人も得られない。
だから私たちは「現実」への旅に出る。それがすべてのはじまりなのだと。
(Febri Vol.45, 一迅社, 2017)
- 作者: 大今良時
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