ナント、唯一の場所 [前編]|ラ・フォル・ジュルネ2014

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Folle Journée 2014 à la cité des congrès de Nantes.
Cette année : des canyons aux étoiles

今年もあの季節がやってきた。

ナントでスタートしたラ・フォル・ジュルネに合わせて、1年前の現地取材の様子をご紹介したい(2015年1月 記)。

1月の終わり。フランス北西の古都ナントでは0度以下の寒空がつづく。しかし、旧市街のはずれにある国際会議場、シテ・アンテルナショナル・デ・コングレだけは別だ。そこには深夜まで灯りがともり、大勢の人々がつめかけ、ひっきりなしの音楽と熱狂が渦巻いている。

ラ・フォル・ジュルネ。フランス語で「はちゃめちゃな一日」。

その名前を聞いてクラシックの音楽祭を想像するひとは、きっと少ないだろう。それもそのはず、このイベントは、ユニークな仕掛けによってクラシック音楽のイメージをすっかり打ち破ってしまった“革命”なのである。

(ラ・フォル・ジュルネの10年『新潮45』2014年5月号初出)

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写真はシテ・デ・コングレの様子。

東京の国際フォーラム同様、会議室や大小のホールが連なるコンベンションセンターだが、コンサートが密集する午後から夜の早い時間にかけてはこのような混雑になる。この熱気が、ラ・フォル・ジュルネ最大の特徴だ。

お手本はロック・フェス。ひとつの場所にたくさんのコンサート会場を作ること。コンサートの価格が映画のようにお手頃であること。そして演奏時間は休憩なしの45分程度。ひとつのコンサートを試してみたら、また次へとハシゴもできる。ハシゴのあいまには屋台で酒を楽しんだり、CDやグッズの買い物を楽しんだりできる。

会場には子どもや若者の姿も多く、街の人びとはカジュアルに着飾って集う。

自分の趣味に合わなければためらわず中座するし、反対に、素晴らしい演奏には涙をうかべ、立ち上がって歓声を贈る。演奏するアーティストもその状況を愉しんでいる。報酬は少額(らしい)だが、それでも彼らは音楽祭の趣旨に賛同し、この“クラシック・フェス”を心待ちにしているのだと言う。

 

インタビューは隣接するホテルで行われることが多い。日本でもおなじみモディリアーニ弦楽四重奏団のみんなと、

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すばらしいラフマニノフを聴かせてくれたドイツのピアニスト、ヨーゼフ・モーグ。ヨーゼフは5月の来日が直前で中止になりくやしい思いをしたが、またのチャンスを願っている。

 

「はちゃめちゃ」と題しながら、ただ楽しいだけのお祭りにならないところがフランス的。

2014年のテーマは「峡谷から星たちへ」。フランスが誇る作曲家メシアンが、アメリカ建国200周年記念に書きあげた作品の名をタイトルに、「20年目を記念し、20世紀を象徴するアメリカ音楽の巨大なパノラマを展開する」という粋な趣向だった。

星条旗がはためき、ゴスペルが鳴り響くエントランスホールの祝祭感は、なるほどアニバーサリーにふさわしい。

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1929年2月12日のニューヨーク、アメリカへ亡命したラフマニノフはガーシュウィン作曲の「ラプソディ・イン・ブルー」の世界初演の場にいた。

ジャズをクラシックのコンサートホールで鳴り響かせたこの歴史的作品に感銘を受けたラフマニノフは、その3年後に4作目のピアノ協奏曲を作曲している。それにちなんで、ピアニスト小曽根真やオーケストラが2人の協奏曲を聴き比べるコンサートをしている同時刻に、大会議室を利用した親密な舞台では、合唱団ヴォックス・クラマンティスによって1957年生まれの作曲家デイヴィッド・ラングの静謐な歌曲が奏でられる――。

現代音楽という、フランス人にとってすらなじみの薄いジャンルを取り上げても、会場はたちまち満席になる。列をなす観客に首をかしげていると、若いボランティア・スタッフがそっと教えてくれた。

「子どもの頃から、どんな演目でもかならず聴きにきているんです。みんな、音楽祭そのもののファンなんだ」。

 

なによりも忘れられないのが、ビスケット工場跡をリノベーションした若者たちのたまり場リュ・ユニークで演奏された、現代音楽だ。

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先ほどまでインスタレーションのような音を奏でていた演奏者たちが、突然楽譜を客席に向け静止する。その「4分33秒間、耳に聞こえるものすべてが音楽」という衝撃作。その、現代音楽らしい頭でっかちなコンセプトを、私はずっとスノッブだと感じていた。しかし、体験してみるとまるで違った。

楽譜をのぞきこむおばさん。ぐずる赤ちゃんの声。全身が耳になったような、アトラクションのような感覚。ケージって、なんてチャーミングな人なんだろう! 私のなかにあった現代音楽への偏見――それは多くの人がクラシックに感じているイメージと似ていた――を完全に覆される経験だった。

まずは飛びこんでみること。感性を信じること。ラ・フォル・ジュルネはいつも、そんな確信を与えてくれる。

 

最終日は、Macbookを駆使するDJミュルコフとピアニスト、ヴァネッサ・ワーグナーのコラボレーションで締めた。

サティとともにたゆたうビート。会場はやはりリュ・ユニーク。ライヴのあとの楽屋裏でインタビューも忘れられない。

案内してくれたマダムはベテランの地元ボランティア。いつもは主婦だというが、とても頼もしくおしゃれな人で、ハグをして「また来てね、ラ・フォル・ジュルネに」と言ってくれたのが嬉しかった。

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リュ・ユニークの意味は「唯一の場所」。もはやナントは、私にとってフランスの故郷のように思える唯一の街だ。

 

最後の夜、ブルターニュ大公城を臨むホテルの部屋から三日月を見つけ、また来れるようにと祈った。

音楽や語学はもちろん、歴史や社会とのつながりをもっともっと学び、意義あるルポルタージュを書きたい。もっともっと、大きな自分になりたい。

あの風景は、きっと一生忘れないだろう。

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取材の半分を費やしたナントの街と歴史については後編で。

 

【Travel】ナント、唯一の場所 [後編] | ラ・フォル・ジュルネ2014 – Salonette

➢ルポルタージュ「ラ・フォル・ジュルネの10年」掲載号

新潮45 2014年 05月号 [雑誌]

新潮45 2014年 05月号 [雑誌]

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