『ゴールデンカムイ』が4月にアニメ化されると聞いたとき、「2018年のアニメは伝説になる!」という予感が確信に変わったのを覚えている。ここ数年、つきあいのあるさまざまな派閥(王道派、サブカル派、キラキラ少女漫画派など)のマンガ読みたちから、偏りなく名前が上がる作品だからだ。
圧倒的エンターテインメント――それがこの作品のすごさだと思う。
描くことの原動力はなんなのか。そこにちゃんと、思いはあるのか
ゴールドラッシュに沸く明治の北海道を舞台にした、冒険活劇である。日露戦争での鬼神のような戦いぶりから「不死身の杉元」とあだ名される元軍人・杉元佐一が、網走監獄の囚人がアイヌから奪った埋蔵金を捜すため、アイヌの少女アシㇼパと狩りをしながら旅をする。埋蔵金の隠し場所を示す暗号は、脱獄囚たちの体に彫られた入れ墨。杉元たちの前に、個性豊かな脱獄囚や陸軍や新選組の残党が次々現れ、奇想天外でハードボイルドな殺し合いが繰り広げられる。
個人的にはなにより、主人公らしく大らかで強いが過去に疵をもつ杉元と、凛々しいアシㇼパとの男女バディ感に惹き込まれた。あきらかに年少者だが大地で生きるための技術をもつ彼女を、杉元は終始一貫「アシㇼパさん」と呼ぶ。真摯でフラットな世界観。それだけで、胸がいっぱいになるのだ。
一方で、丁寧なアイヌの暮らしの描写も人気を呼んでいる。狩猟と食生活を中心に、あたかもグルメマンガのように描かれるアイヌ文化。美少女アシㇼパの変顔や「ヒンナ(食事への感謝)」「オソマ(う○こ)」といったアイヌ語が出てくるたび、彼らがより好きになる。「日常」と「死」が、平然と隣合わせ。その、落差がいい。
読み進めるうち、北海道の土地ごとの歴史を知る喜びを味わい、「旅の仲間」となる脱獄王・白石や変態だらけの敵キャラに笑い、「じつは生きていた土方歳三」(イケジジ!)の登場で完全にノックアウトされた。「おいおい、まだ盛り込むのかよ」とうれしい悲鳴を上げたくなる全部のせぶり。それでも物語が破綻せず、スピード感も失わないのは、作者のバランス感覚の賜物なのかもしれない。
作者の野田サトルは北海道生まれ。主人公・杉元の名も、屯田兵で二百三高地の戦いを経験した曽祖父の名からつけたという。インタビューを目にするたび感じるのは、「おもしろいもの」へのストイックなまでのこだわりだ。たとえば人気のアイヌ料理の描写について、野田は「料理マンガはほとんど興味ありませんでした。好んでは読みません」と断言している。それでも描くのは、物語上必要不可欠だから。「本気で描いてます。苦手なものを避けていては、いい作品になりませんので」という爽快な物言いに、昨今のグルメにありがちないやらしさが一切ない理由がわかる。
アイヌ文化に対する姿勢も絶妙だ。迫害や差別など、暗い歴史もあるデリケートな題材だが、明るく描けば人気が出るはずだと確信し、成功した。作者や版元の覚悟に拍手を送りたくなる。
取材相手からは「可哀想なアイヌなんてもう描かなくていい。強いアイヌを描いてくれ」と言われたという。アイヌの歴史はきっと、『ゴールデンカムイ』以前と以後で変わっていくのだろう。力のあるマンガというのは実際、そのくらいのインパクトを持っているはずだから。
描くことの原動力はなんなのか。そこにちゃんと、思いはあるのか。
そんなことを『ゴールデンカムイ』は、大笑いしたあとで思い出させてくれる。『虐殺器官』のジェノスタジオによるアニメも、俳優出身・小林親弘の主演というストイックなキャスティングからすでに、期待せずにはいられない。「おもしろいもの」を追求した誠実なエンターテインメントが、ともに大成功することを祈っている。
(Febri Vol.47, 一迅社, 2018)
ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
- 作者: 野田サトル
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2015/02/19
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