ホレイシオ、天と地のあいだで|ハムレット

彩の国さいたま芸術劇場にて、藤原竜也主演の『ハムレット』を鑑賞(2/12)。

蜷川演劇やシェイクスピア劇自体ひさびさだったが、藤原竜也のハムレットにいたっては、シアターコクーンで観て以来じつに12年ぶりという衝撃!

ポスターひとつでも伝わると思うが、まったく違う芝居を観ているようだった。

今回の『ハムレット』の魅力は、底の見えないほどの暗さだ。もともと、ロミオに代表される「白王子」と対極をなす「黒王子」の代表格――だってもっとも有名なセリフが「生きるべきか死ぬべきか」――だが、30代半ばに差しかかった藤原竜也の憂鬱さと繊細な狂気が、そのままハムレットのキャラクターとして生かされていた。

パーマをかけた長い髪とぞろりとした喪服がおどろおどろしく、しかし動作は優雅でしなやかで、黒衣が翻るたびにたしかな「王子」のオーラが舞い散るのだ。

あの迫力はどこから生み出されるのか。本物の藤原竜也はやっぱり舞台の上にいる、と思わずにいられない。

 

反対にスクリーンとまったくおなじ印象だったのが、オフィーリアを演じた満島ひかり。

オフィーリアは少女の象徴であり、恋人の激変と肉親の死によって発狂してしまうほど線が細い。

しかし彼女のオフィーリアは、彼女がドラマや映画で演じる役そのままに強い。芯が、あまりにも強い。

舞台姿は少女のように可憐なのに、ハムレットと対峙したときの包容力が尋常でなく、正気を失ったときの迫真ぶりも、すばらしい歌声もなにもかも、ハムレットのための演技のように思えたほどだ。

それはそれで、すごいオフィーリアを観た、という気持ちになった。

 

個人的に大好きだったのは、横田栄司によるホレイシオだ。

ホレイシオはハムレットの学友にして腹心の部下で、主役と同年輩の役者が演じることが多い。

しかし今回はすこし年上で、しかも眼鏡だった……。生真面目そうで、なにより「ハムレット殿下」を弟のように慈しんでいる雰囲気があって。ハムレットの死に際して彼がつぶやく、

「おやすみなさい、王子様」

このセリフにこんなにも心を奪われたのははじめてだった……。

 

終演後、同行した漫画家・紗久楽さわさんに興奮して訴えると、演劇経験者である彼女がホレイシオのひみつを教えてくれた。

「ホレイシオという名前は、ホライズン(地平線)からきているらしいんです。ハムレットはいつも父の亡霊を“地下にいる”、敵である叔父には“天にいけ”と言っていて、その中間にいるのがホレイシオなんです」

これには感動した。というか萌えた。確かにこんなセリフもある。

ホレイショー、天と地の間にはお前の哲学では思いも寄らない出来事がまだまだあるぞ。
There are more things in heaven and earth, Horatio. Than are dreamt of in your philosophy.

死に急ぐハムレットを地上に引き止める唯一の存在、それがホレイシオだ。

大地であり、水平を保つバランサーでもある。ハムレットはそれをわかっていて、未来(フォーティンプラス)を託したのである。

やっぱりシェイクスピアはすごい。

ことばに対する感性と意味の深さに唸りつつ、またあの空間に浸りたいと焦がれている。

 

蜷川幸雄80周年記念作品 ニナガワ☓シェイクスピア レジェンド第2弾『ハムレット』|彩の国さいたま芸術劇場

ハムレット (岩波文庫)

ハムレット (岩波文庫)

Scroll to top