「MARI」とは、マリ・サムエルセンがこの夏ユニバーサルからリリースしたアルバムのタイトルだ。
マリ・サムエルセンは1983年ノルウェー生まれの。今年3月には、番組でも特集した作曲家マックス・リヒターの来日公演でソリストとして参加した、注目のヴァイオリニストだ。
今作はDGデビュー盤で、自分の名前をタイトルにしただけあって内容にも気合が入っている。彼女が「すべての音楽の源」と呼ぶバッハに、グラス、リヒター、デヴィット・ボウイやU2などとの共作でも知られるブライアン・イーノなど、現代をリードするさまざまな作曲家たちの作品が収録されていて、ひさびさに「サブスクじゃなく、アルバムを聴くっていいな!」という鮮烈な印象を受けた作品だった。
1)フィリップ・グラス:「浜辺のアインシュタイン」から「ニー・プレイ2」(7/23放送分)
フィリップ・グラスは、ミニマリズムの先駆者と呼ばれる作曲家。ニコール・キッドマンがヴァージニア・ウルフを演じアカデミー主演女優賞を獲得した「めぐりあう時間たち」など、多くの映画音楽でも知られている。
「浜辺のアインシュタイン」は、そんなグラスが従来のオペラの作り方に囚われない斬新な構成で科学者アインシュタインを描いた、20世紀のオペラの1曲。ニー・プレイとは、楽器のみの間奏曲のことで、舞台では、ヴァイオリン愛好家だったアインシュタインに扮したヴァイオリニストが演奏するのだそう。おもしろい演出だ。
冒頭でも言った「鮮烈な印象」はここから。女性ヴァイオリニストというと、一般的には美しいメロディを華麗に響かせる、みたいなステレオタイプがあって私はそれが大嫌いなのだが、マリの音にはすごくロックを感じる。「バッハとこの曲が収録したくてアルバムを企画した」というだけあって、気合も十分だ。
2) クリスチャン・バズーラ作曲、「847」(7/24放送分)
この曲は、「MARI」のエグゼクティブプロデューサー、クリスチャン・バズーラの書き下ろし曲だ。
曲名の847は、バッハの「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の第2番についたBWV847という作品番号のこと。そのバッハの曲とのリミックス、あるいはリコンポーズという感じで、古典とロックの融合という彼女の目指すサウンドを象徴的に表している。
リコンポーズと言えば、2月には、有名なヴィヴァルディの四季をもとにしたマックス・リヒターの「25%のヴィヴァルディ」をご紹介した。マリはそのマックス・リヒターの大ファン。「25%のヴィヴァルディ」のライブを聴いてすぐに楽屋を訪ねたというほどなので、今回自分のためのリコンポーズ作品もうれしかったのではないだろうか。
3)バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第 2 番」より「シャコンヌ」(7/25放送分)
「ご存知」と枕詞をつけたくなる不朽の名作。シャコンヌというのは、17世紀にスペインで大流行した3拍子の舞曲の名前で、曲の冒頭に登場するバッソ・オスティナートという低音の主題が、計32回アレンジされて登場する。マリ・サムエルセンにとっても、この曲は特別なようだ。
シャコンヌはシンプルだからこそ、古今東西のヴァイオリン音楽の最高峰とされる。そして、そのヴァイオリニストを好きかそうでもないかを瞬時に教えてくれる曲だと思う。私がほれ込んだマリの音を、ぜひ聴いてほしい。
4) マックス・リヒター作曲「ノヴェンバー」(7/26放送分)
マックス・リヒターは、1日目にご紹介したフィリップ・グラスから大きな影響を受け、現在もっとも人気のクラシック・コンポーザーの一人。私も大好きだ。
この曲は、彼が2002年に発表した出世作「メモリーハウス」の1曲で、メイン・テーマをヴァイオリン・ソロと弦楽合奏だけでアレンジしている。リヒターはこの曲を「フルオケを用いず、弦だけで嵐のような11月をいかに表現できるか」に挑んだエチュード、練習曲だと語っているそう。「メモリーハウス」は政治的なメッセージを強く持った作品ではあるが、それだけでない多層的なストーリー、11月という季節が持つメロウな色彩、夜明け前の空、マリの故郷である北欧ノルウェーの海みたいな静けさを感じる演奏である。
このアルバムを通してマリが伝えようとした静と動のコントラストが堪能できる、クライマックスのようでもある。私は聴きながら、自然と涙がこぼれた。情報過多でせわしない現代社会の速いテンポから離れたいときにも、聴いてほしい音楽だ。
TOKYO FM『Memories & Discoveries』は毎週火〜金 朝5時10分頃、JFN系列32の全国のFM局で放送中。オンデマンドでも視聴できる。
https://park.gsj.mobi/program/show/27337