COMIC RECOMMEND Vol.10「王妃マルゴ」

萩尾望都は、私の人生の光だ。

歴史フィクションに憧れを持ったのも、彼女の中編『あぶない壇ノ浦』がきっかけだった。誰もが知る源頼朝と義経の決裂を、生育環境による思考パターンという心理学的要因で解き明かしていく手腕、その上で漂う文学的余韻。衝撃を受けた。『壇ノ浦』の後も歴史の裏側を描く名作は現れ、深い感動を与えてくれるが、あの衝撃を上回ることはない。

2012年、そんな萩尾が『王妃マルゴ』の連載をスタートしたときの興奮は、想像に難くないだろう。舞台は16世紀のフランス。国王アンリ2世の娘として生まれ、のちに政略結婚でナヴァル王妃となるマルグリッド・ド・ヴァロワの一代記。意外にも初の歴史劇だ。

「魔女」か「勇者」か。
歩みを止めない巨匠が挑む、女王の肖像

絶世の美貌と奔放な恋愛遍歴、婚礼の夜に血みどろの大虐殺を招いた魔性――マルゴは絵にかいたようなファム・ファタルとして多くの“男性”表現者の心をとらえ、400年間、小説にオペラに映画に繰り返し描かれてきた。私も少女時代、パトリス・シェロー監督の映画『王妃マルゴ』のきわどいセックス描写に呆然としたことがある。萩尾望都は、マルゴをどう描くのか。

物語冒頭、6歳のマルゴはこう語る。「わたしはこんなに美しいんだから 世界一立派でハンサムな王子様と いつかきっと出会うはず」。モノローグ一つで伝わる、少女の自信と無邪気さ。恋愛を「目標」として語るマルゴに、私はたちまち魅了された。作者はさらに、マルゴの周囲の女たち――イタリアの名門メディチ家から嫁いだ母カトリーヌや、母から父を奪った愛人ディアーヌ、兄嫁のスコットランド女王メアリ、スペイン国王に嫁ぐ姉エリザベトらの悲哀を丁寧に拾っていく。聡明なマルゴが、男の愛と争いに振り回される女たちをしっかりと目に焼き付けながら、タフに成長していったことがよくわかる。だからこそ彼女は「姫はこうあるべき」という縛りに反抗し、初恋のギーズとの恋を成就させたのだろう。

しかし二人は引き裂かれてしまう。宗教対立緩和のため、マルゴはプロテスタントの王ナヴァルと政略結婚。あまたの内乱を乗り越えナヴァルへの愛を自覚していくが、ふたりはすれ違い、互いに愛人で隙間を埋めるようになる。

互いが不義を犯しても、「不義の王妃」と呼ばれるのはマルゴだけだ。彼女を含め、歴史上の「意志ある美女」には「悪妻」「淫蕩」「近親相姦」などの野次が吹き上がる。それが事実だとしても、なぜ女だけが責められるのだろう。かつて萩尾はこう語っている。

「歴史は男性の目で語られるもの。(中略)
従来の目線で抜け落ちた部分を、マルゴ自身の視点から描きたかった」

歩みを止めない巨匠の先見性に、思わず感極まる。

最新7巻でマルゴは、死んだはずだったギーズとの息子サパンと再会し、活力を取り戻す(画像)。峰不二子ばりの色仕掛けで危機を逃れ、いつだって新しい恋を見つけるバイタリティは雄々しく爽快。どんな激動の中でもマイペースなマルゴ、いよいよ本領発揮だ。「私自身が女王」と高らかに宣言する日が、楽しみでならない。

(Febri Vol.54, 一迅社, 2019)

 

[追記]
ご紹介した7巻にはあとがき漫画「あなたを何と呼びましょう?」がついており、フランス宮廷での呼称についての史料集めをお手伝いさせてもらった。いただいた御礼は宝物。今年2月に終幕を迎えた本作は、さまざま意味で大切な思い出となった。

萩尾先生と集英社「ココハナ」編集部のみなさまに、あらためて御礼申し上げます。

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