探偵が好きなのである。
探偵の魅力とは何だろう。たぶん彼らはみんな、やさしい人たちなのだと思う。どんなに無愛想ではぐれ者――時には社会不適合者みたいな顔をしていても、人間というものに興味を持ち、この世界を信じていなければ探偵にはなれない。
御山慧は、その事実を体現するかのような少年だ。
北欧×クルマ×探偵。17歳のハードボイルド
『北北西に曇と往け』は2016年、「ハルタ」で連載を開始したハードボイルド・ミステリ。『群青学舎』や『乱と灰色の世界』で熱狂的なファンを持つ入江亜季の最新作だ。
最初に目を惹かれたのは、コミックス1巻の美しい青灰のグラデーションだった。
白い鳥たちが飛ぶ冴え冴えとした空と、空を映した水面のようなハイウェイ。両脇に広がる荒野。背後の山々。すべてが冷気に触れたように青みを帯び、そこが北の土地であることがわかる。舞台は北緯64度の極北、アイスランド。中央に仁王立ちする少年と、古いジムニー。表紙からすでに、物語がはじまっていた。
第1話にも惹きこまれた。横転した愛車と会話する男に、荒野をさまよう妖精のような美少女。アウトドアの蘊蓄もあれば、野外で飲むコーヒーのおいしさまで活写されている。ここはどこ? これはSF? まさかのキャンプマンガ? さまざまな疑問が渦巻くなか、私――のみならず多くの読者を魅了したのが、主人公・慧のかっこよさだと思う。顔がいいだけじゃない。サバイバルができて、ぼやきながらも終始余裕で「どんなに運転が下手でも道に出たら走るしかない 人生と同じ」なんて独白ができる男(三白眼)、好きにならないわけがない。しかも、職業が探偵なのだ。
サングラスをかけ、舌打ちしながら登場した彼が17歳とはにわかに信じられなかったが、のちに祖父がフランス人であることがわかり、深く納得した。その恵まれた体のライン、外国人特有のキザな仕草(友曰くモテ仕草)を描くことにかけて、入江亜季以上に手練れた作家はいないだろう。
もちろん、祖父ジャックもすごくかっこいい。依頼人として出会うカトラと姪のリリヤは圧倒的美女だし、日本から遊びにくる親友の清は――ザ・日本人だけど最上級にいいヤツだ。
そして、慧が探偵業のなかで出会うアイスランドの人々が、みなやさしい。第2巻では、まるまる1冊バカンス(という名の滞在記)が繰り広げられるのだが、そこに描かれた自然も、街も、人々も、心底魅力的だった。最新3巻では、日本でも時折話題になる、先進的な同性のパートナーシップへの言及もある。作者のこの国への感動と愛が、慧や清を通して伝わってくるたび、泣きそうになる。世界はなんて広くて、未知で、美しいのだろう。
そんな世界に、一点の墨を落とすのが慧の弟・三知高の存在だ。得体の知れない恐怖そのもの。本作が旅や食といった、ともすると日常系になりかねない要素を多く抱えながら、上質なミステリーの品格と緊張を漂わせているのは、彼の存在ゆえだろう。その手腕にやはり、萩尾望都の遺伝子を感じずにはいられない。明かされていく謎に、慧はどう向き合っていくのだろう。
とにかくコーヒーが飲みたくなるマンガである。そして、旅をしたくなる。土に触れたくなる。この世界を信じ、生きる力が湧いてくる――そんな最高の読書体験がいま、ここにある。
(Febri Vol.53, 一迅社, 2019)