雨の真夜中にタクシーを|サンセット大通り

アンドリュー・ロイド=ウェバーによる名作ミュージカル『サンセット大通り』へ(7/9 赤坂ACTシアター)。

舞台は1940年代のハリウッド。大女優ノーマ・デズモンドのあまりに残酷な生きざまと、耽美かつエモーショナルな音楽、そして新たな出発をした夢咲ねね(ベティ役)への感慨で大興奮の一夜だった。

 

売れない脚本家ジョーは、借金取りから逃れる途中でサンセット大通りにある荒れ果てた屋敷に迷いこむ。そこには、かつて一世を風靡した大女優ノーマ・デズモンドが、怪しげな執事マックスとともに、過去の栄光にすがり生きていた。

映画界へのカムバックを夢みるノーマは、自ら書いた「サロメ」の脚本の手直しをジョーに依頼する。お金のために仕事を引き受けたジョーだったが、二人の関係は次第に仕事を超えたものとなってゆく。脚本家仲間のベティに惹かれていく一方、自分を独占しようとするノーマに嫌気がさしたジョーは屋敷を出て行こうとするが……

主演は安蘭けい。2012年の日本初演でも同役を演じ、自ら「大好きなノーマ様」と語るほどの当たり役である。

屋敷の中央の階段を、ゆったりと降りてくるノーマのオーラ。

それはまさに、頂点を極めたトップスター安蘭だからこその説得力だった。難しいメロディにもかかわらず完璧な歌唱。かわるがわる登場する派手な女優ドレスも完璧に着こなす。ノーマが完璧なら完璧なほど、妄執の強さを想像してしまう。

完璧な女優がみせるあまりにも危うい精神。そして孤独。ラストシーン、白いドレスでスポットライトを浴び、愛の歌を歌いつづけるノーマに鳥肌が立った。

気が狂うほど、私は私が愛おしい―――

テーマは女のエイジング問題と、男の野心だろうか。そこだけを取り出せば、なんともいえないビターエンドの物語だ。 女として恐ろしくなる場面すらあった。

それでもこの作品が私たちを惹きつけるのは、ハリウッドという街の引力なのかもしれない。ジョーたち若者にとっては夢を追いかけ、野心のため闘う舞台。ノーマにとっては、過去の栄光を映す美しいフィルムの舞台。

その美しいフィルムを撮りつづけているのは、じつは執事のマックスだ。

女主人にすべてを捧げる忠実な執事マックス。過去編の衝撃。ノーマを見出し、育て、自らの才能を投げ打ち彼女に捧げた人生。マックスとノーマの物語として見たとき、この物語はハッピーエンドと言えるのかもしれない。

 

一方、夢咲ねねが演じたのは、ノーマが寵愛する脚本家ジョーと恋に落ちてしまう脚本家の卵ベティ役。夢にまっしぐらで強気なお嬢さんぶりが彼女らしくて、まるであて書きのようだった。

ベティはただのいい子ちゃんではない。

夢が第一で、婚約者がいるにもかかわらず共闘できる同業者ジョーに惹かれるのを止められない。とても感情移入しやすいキャラクターだったおかげで、若者たちの恋模様(=ねねパート)も見どころたっぷりだった。

彼女が“本物の男性”にぐいっと手を引かれるだけで妙にドキドキしてしまったのだが、いちばんときめいたのは、星組の先代トップスターだった安蘭との恋のさや当て(芝居)と仲よしぶり(アフタートーク)だ。じつはクライマックスで、自暴自棄になったジョーがベティを押し倒すシーンがある。稽古のとき、ジョー役の演技が「痛そう!美しくない!」と憤った安蘭さんは、なんと6年ぶりの“男役”でみずから手本を演じたのだという!

その場にいた女性キャストは大興奮だったとか。星組ファンとしてもうれしい一幕だった。

 

そして、夢咲ねねの舞台のあとでかならず患うのが「あのお衣裳もまねしたい!」というファッション熱。

メインヴィジュアルの赤いドレスはもちろん、登場時の秘書風コーデ(ピンクのカーディガンの第一ボタンをとめてパールとカメオブローチをあしらうのがポイント)も後半のチェックのワンピースも、はおっていたグレイのカーデもピンクのレインコートもカチューシャも、すべてがかわいかった。

かわいいもの好きの友人とプレシアターもアフターも盛り上がって、元雪組の友人・天舞音さらさんにも会えて、「女子でよかった!」という最高の気分のまま帰宅した。

年の重ね方、ほんとうの愛の形――向き合うべきことは多いけれど、こういうキラキラした気持ちもやっぱり、忘れたくはない。

あるいは雨の真夜中、ピンクのレインコートを着て、誰かのためにタクシーを走らせるやさしさを。

www.tbs.co.jp

Scroll to top