©Kitamikado, Macias
二期会のオペラ『魔笛』初日へ(7/16 東京文化会館)。
演出家・宮本亜門のヨーロッパでのオペラ演出デビューということで話題になった、リンツ州立劇場との共同制作公演。テーマは“家族愛”ということで、舞台はおとぎ話のエジプトから現代へ置き換えられた。
おじいさん(弁者)が 3 人の孫息子 に学習の為にTVゲームをもってくる。ゲームを始めていると酔っぱらった父親(タミーノ)が帰 ってくる。彼は会社を首になったばかりで、家族に当たり散らし妻(パミーナ)はうんざりして、 とうとう家から出て行ってしまう。部屋でよろめいた父親が劇中映写されるスクリーンに落ち、TVゲームの夢の世界にたどり着く。そして、父親(タミーノ)の夢の中の出来事として家族全員が RPG(ロールプレイングゲーム)の様に試練を乗り越え旅を繰り広げていくファンタジーストーリー。
上記のストーリー(リアル設定)が、あのもったいぶった序曲のなかで演じられるので期待が高まる。ただ、本編(ファンタジー設定)のなかでリアル設定はほとんど生かされず、拍子抜けという面もあった。たとえばタミーノがパミーナの絵を見せられて「妻じゃないか!」と動揺したり、3人の少年や弁者が家族であることに驚愕したりするメタ視点があったら、タミーノが「家族のために戦うパパ」という設定に説得力が増したのではないだろうか。
二期会の前作『ジューリオ・チェーザレ』(演出:菅尾友)での「なにこれ、歴史劇なのにFF(ファイナルファンタジー)みたい! キャラ立ちしすぎ! プロジェクションマッピングの進化すごい!」という衝撃が大きかったのも原因かもしれない。正直、そこまでの斬新さは感じられなかったのだけれど、モーツァルトの音楽への忠誠心や、はさまれる小ネタや字幕にあふれる愛は、全編にわたって心地いいものだった。ましてや保守的なオペラファンにも受け入れやすいバランス感覚という意味では、さすが宮本亜門、と唸ってしまう。
なにより音楽である。デニス・ラッセル・デイヴィス指揮の読響と二期会合唱団、そして同団体のトップクラスのソリストが一堂に会した、じつに祝祭的な公演だった。
感激だったのが、黒田博によるチャーミングなパパゲーノ!
伯爵やドン・ジョヴァンニのイメージが強いダンディな黒田さんが、まるでチャップリンかジム・キャリーか、というコメディアンぶり。夜の女王の侍女たちに邪険にされたり、3人の少年に「タミーノがんばれ、パパゲーノは黙れ」と歌われてむきになったり、試練のため沈黙するタミーノにパミーナが悲しむのをみて「試練なんて糞くらえだ!」と叫んだり。パパゲーノって、じつはいちばん男気があるのだとわかる、魅力的な演唱だった。しっかり者のパパゲーナ(九嶋香奈枝)と再会し、舞台いっぱいに花が咲き誇るシーンの多幸感といったら!
夜の女王(森谷真理)はもちろん、ザラストロ(妻屋秀和)もパミーナ(幸田浩子)もモノタトス(高橋淳)も全員があて書きのようにハマっていて、最高の耳福だった。
タミーノの鈴木准も安定の王子ぶりだったが、リアル世界での眼鏡スーツキャラ(おまけにDV夫というダメさ!)がものすごく新鮮ですてきだったので、もうすこし……やっぱりあのくだり(リアル世界)を見たかった!
たとえばリストラされた彼の窮状を救うのが、歌舞伎町のBARで出会った探偵パパゲーノだったりとか!
もちろん探偵パパゲーノはタミーノのことを知らないが、タミーノにとっては異世界で共闘した戦友なので信頼してしまい(パパゲーノは調子を合わせ)、事件に巻き込まれちゃう……もうこれ、二次創作だけど。私は昔から、『魔笛』ですてきなバディになったふたりが別々のハッピーエンドでおしまい、というのがいつも腑に落ちないので、そんな予感のエピローグだったら泣いて喜んだだろう。
自由な妄想も広がる『魔笛』は、20日まで上演中。7月29日には倉吉公演も行われる。