COMIC RECOMMEND Vol.06「憂国のモリアーティ」

「真実はいつもひとつ。でも正義はそう、涙の数だけ……」。福山雅治ソングにこんなに泣ける日がくるとは、誰が予想しただろうか。映画『名探偵コナン ゼロの執行人』に通う日々のなか、主題歌をくり返し聴いていてふと思い出したのが、彼のことだった。

真実VS正義。ホームズの宿敵の語られざる物語

ジェームズ・モリアーティ。コナンや赤井も敬愛する名探偵シャーロック・ホームズの、宿命のライバルだ。通り名は「犯罪界のナポレオン」。若くして優れた物理論文を発表した元数学教授。自らは姿を見せず、その高い知能を駆使し「蜘蛛の巣の中央にいる」ように巨大な悪の組織を操る天才。あの自信家のホームズに「知力は同等」と認めさせ、「もし彼を倒すことができたなら探偵をやめてもいい」とまで言わしめた。『最後の事件』でホームズは、差し違える覚悟でこの宿敵に挑み、彼を道連れにライヘンバッハの滝に落下、死亡したと公表される(のちに帰還)。

『憂国のモリアーティ』は、そんな「名探偵の宿敵」を主役に据えたピカレスク・ロマンだ。2016年、「ジャンプSQ.」にて連載開始。「正典」と同じ19世紀末の大英帝国が舞台だが、2010年代の爆発的ホームズ・ブームを牽引したドラマ『SHERLOCK』やガイ・リッチー監督の映画版、あるいは「007」シリーズなどの人気要素を巧みに取り入れた竹内良輔の原作に、『監視官 常守朱』の三好輝による色気ある男たちが映える。

なにより画期的だったのは、「ジェームズ・モリアーティ」を若く美しい三人兄弟にした点だろう。

英国に根づく階級制度に辟易した伯爵家の長男アルバートが、孤児院育ちの天才少年ウィリアムとその弟ルイスを引き取る。そして、幕を開ける「世界を浄化するための壮大な計画」――モリアーティは「正義」のための「悪」の執行人だった、という語られざる物語(アントールドストーリー)が明かされていく。

登場人物は多彩で華やかだ。主人公は、憂いを帯びた美青年ウィリアム。彼を信頼し、崇拝する兄弟。腹心であるフレッドや、モラン大佐。正典に登場する一言からよくぞここまでキャラ造形を、と感心したQことフォン・ヘルダー。同じくMI6で暗躍する、ホームズの兄マイクロフトと思しき人物もいる。男性キャラに比べるとやや旧弊だが、正義感あふれるアイリーン・アドラーも魅力的。それぞれに主役回もあり、群像劇としてもどんどん展開していきそうだ。

しかし、なんといっても、“英国紳士じゃない”シャーロック・ホームズがいい。いかにも貴族出身のインテリ大学教授、といった風貌のウィリアムと好対称を描く、コックニー訛りのホームズ。サラサラの金髪と癖のある黒髪。正義と真実。4巻では、そんな二人の心理戦と、そののちの共闘に胸が高鳴った。

二人にしかわからない領域で、互角に闘い、天才の孤独を唯一分かちあえる――恋に限りなく近い、特別なライバルを私たちは宿敵、あるいはツートップと呼ぶ。名探偵と宿敵の関係性はまさにそれだ。一体、どこのニュータイプなのかという話だが、本作はそこを強調し、あまつさえ関係性の揺らぎまで描き出そうとしているのだ。

『名探偵コナン』の青山剛昌は先頃、前代未聞の降谷零人気の理由について「多分赤井に勝てないところ」と語った。ウィリアムもまた、そこが魅力なのかもしれない。彼が描く正しさとは悪であり、秩序のためにはホームズが勝たなければならないからだ。

しかし、現実の悲劇が証明するように、正義はやはりひとつじゃない。ライヘンバッハの決戦の時まで、ウィリアムとホームズがどのように対峙し関係性を変えていくのか、熱視線で見守りたい。

(Febri Vol.49, 一迅社, 2018)

 

[追記]
掲載後、竹内先生&三好先生のおふたりからとてもうれしいコメントを寄せていただいた。

両先生に、あらためて御礼申し上げます。

ちょうどあの夏発売された6巻では、「やや旧弊」と書いたアイリーン・アドラー像を爽快に裏切られる一幕も。12巻を重ねた原作とともに、まもなくスタートするアニメを心から楽しみにしています。

 

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