夜になると、もうすっかり秋の気配が漂うようになった。夏は、なんてはかなく終わってしまうのだろう!
青空。蝉の声。凌霄花。気だるい空気。夏休みの図書館。プールサイドの音。海の匂い。星。花火。盂蘭盆会を過ぎたとたんに一気に訪れる、なにかが終わってはじまるような、不思議な寂寥感。そんな気分も含めて、わたしは夏という季節が好きだ。
●Juvenile●
この夏は『Free! 』とともにあった。小説『ハイ☆スピード!』を原案に京都アニメーションが制作した人気シリーズ。鳥取県岩美市を舞台に、天才スイマーである高校生・七瀬遥とチームメイトやライバルの絆が描かれる。
最初に話題となったのは2013年の夏。忘れもしないその年の暮れ、表象文化学者・石岡良治さんにこの作品(おもに渚くん)を激推しされた。そのときわたしは言ったのだ。「男子高校生が筋肉を見せつけてきゃっきゃしていれば喜ぶなんて、見くびらないでください!あざとすぎます!わたしはただ、男子の関係性が好きなんです!」――いま、全力でお詫びしたい。『Free!』ほど「男子の関係性」をストイックに見つめた作品を知らない。
2014年夏に2作目の『Free! -Eternal Summer-』が完結し、この夏、一年遅れでそれを鑑賞することになったときもまあ季節感はあるし、BGVにいいかもねというほどの気分だった。しかし、話数を進めるごとに大変な間違いに気づいた。ラストシーンの歓声と「Take your marks」からの「For the future」で息がとまりそうになりながら、京都に向かって敬礼した。『Free!』はたしかにあざといけれど、その作品性には一点の曇りもない。作画が、水泳という競技がまず、息をのむほど美しい。聴きこむほどにサントラ(上写真)がかっこいい。そしてなにより脚本が、ずば抜けてすばらしい。
テーマは「成長」だ。昨今人気のスポーツものの常道をはずれ、キャラクターを主人公校とライバル校のみの最小限に止め、彼らの「友情・努力(自分との闘い)」だけをていねいに追っていく。キイフレーズとリフレインを多用した、音楽的な構成。セリフまわし。10代のころ飽くことなく読んでいた、理想のジュブナイル小説がそこにはあった。
一年前でなく、この夏出会えたのは、運命なのだと思う。
●Beauty●
そんなわけで、いまのわたしは松岡凜(『Free!』主人公のライバル)のようにシドニーまで旅していろんな景色を見て「今度は負けない。リベンジだ」なんて語り合って帰ってきたような、晴れやかな気持ちでいる。コメントを書かせてもらった映画『バレエボーイズ』(※後日掲載予定)や『表参道高校合唱部!』とともに、岐路に立った少年たちからはほんとうに勇気をもらったし、救われた。この気持ちを忘れないよう、秋からもプールに通いたいし、美しい筋肉をつけるべくピラティスに通いたい。
凜の留学先であるオーストラリアには愛着が湧いてしまって、いただきもののAesop(イソップ)のボディケアをヘビロテしている。イソップは1987年にメルボルンで創業。こだわりをもって選ばれた植物由来成分と、上品な香り立ちが特徴だ。「イソップは、知的探究心、将来への展望、移ろいやすい心の中で行なわれる人間の努力というものを大切に考えています」とのことで凜っぽい。まじめ。関係ないけれど「凜」という字がほんとうに好きだ。
もうひとつ、美容ライター長田杏奈さんにもお墨付きをもらったローラーReFa S CARATがやみつきに。心地よさもさることながら、ポーチにインできるとサイズ感とフォルムも好き。何事も、溜めるのはほんとうによくない。
●Heroines●
凜として生きたい欲が最高潮だったこの夏、急浮上してきたヒロインがメゾソプラノ歌手のジョイス・ディドナート。現在アンコール上映真っただ中のMETライブビューイングでもおなじみの、知性と故郷カンザス愛にあふれたジョイス姐さんだが、先日ようやく観ることができたバロックパスティーシュ・オペラ『エンチャンテッド・アイランド 魔法の島』(2012)の気高いシコラクス役で目が離せなくなり、グラミー賞受賞の新譜『DIVA DIVO』(ワーナーミュージック・ジャパン)で開眼。ちょっとサラ・ジェシカ・パーカーに似ているのもいい。
(ソプラノより少し低い声という)遺伝子の贈り物こそが、若い少年から王女まで、熱血漢の青年から、取り乱したり残忍であったりの人妻たちまでといった、豊富なキャラクターを演じさせてくれるのですから。これよりも多彩な人間の感情のタペストリーを見つけるのは難しいでしょうし、それが私にとって真の愉しみへと変わるのです!
女役と男役を自在に行き来するメゾという存在には、やっぱり惹かれてやまない。そういうわたしの原点のひとつがジャンヌ・ダルク。英仏百年戦争の混乱のなか、祖国フランスの救世主となりながら敵に囚われ、火刑に処された聖女。その最期を描いたオネゲルの”劇的オラトリオまたは神秘歌劇”『火刑台上のジャンヌ・ダルク』(マーキュリー)を観た。主演はマリオン・コティヤールとグザヴィエ・ガレー。歌い手ではなく、俳優たちのことば、そして表情ひとつひとつが物語をつくる。鮮烈な体験だった。
清く正しく 活発で熱く
雄弁でひたむきで 不屈にしてまばゆい
まっすぐに立ちつづける――ジャンヌ!
マリオンの凜と上向いた眼差しと声、その瞳からこぼれる涙が忘れられない。
●Music●
忘れられない瞬間をもうひとつ。麻布学園創立120周年記念演奏会のラスト、総立ちのサントリーホール(©Kouichi Miura)。
4列目中央という舞台の間近で、ガーシュインを弾く山下洋輔さんの表情に魅入られた。目を閉じて、その場で生み出される音。力強いカデンツ。異世界に没入したと思ったらふと戻ってきて、満面の笑顔で指揮者・鈴木優人さんとアイコンタクト。揺るぎない信頼感。鳴りやまぬ拍手と歓声に応えてからの、なんて鮮やかなサマータイム!
音楽が好きという気持ち、いま最高に楽しいという気持ちが星みたいな輝きになって、脳天からダイレクトに流れこんでくるようだった。こういう瞬間、こういう思いをこそ、私は書いていきたい。あの気持ちを、絶対に忘れない。
●Journey●
この夏はほんとうにいろいろなことがあって、忘れられないものになった。
8月のはじめには一週間休暇をとり、故郷の海を見た。帰京して一週間は断捨離をした。ブックオフのトラックや収集車とともに、長い間囚われていたこだわりや見栄が消え去った気がした。周囲の人に「助けてほしい」と言うこともできた。ほんとうにやりたかったことがなにかも見えてきた。
夢を追いかけている人を描きたい。夢へ向かいながらもがいている人。その痛みや、孤独。支えてくれる人たちのこと。寄りかからず、寄りそうこと。
新しい季節へと向かっていく気持ちのなかで、ここに書き留めておく。いつか読み返して、ぶれない自分に微笑みたい。